なる」
「だって――」
大学の助手をしている三十二三の若い男に、母のもっているこのごたごたした生活の全部の幅がどうして支えきれよう。多計代は、花弁に細い花脈の網目が浮いて見えながら最後の美しさと芳しさを放っている花のような若さをもっていた。けれども、その最後のあでやかさや匂いは、多計代にとってどんな不満があるにしろ、佐々の家の安易な日々を条件として保たれているものであった。かりに越智が本心から母にたいして何かの魅力を感じているにしろ、それは全く、この家の夫人としての多計代の身にこそついているものであった。大学助手の越智の格子戸のはまったささやかな家、その上金銭に関して鷹揚とも思えない風※[#「耒−人」、第3水準1−14−6]《ふうぼう》の越智。それらと結び合わされた母の姿を思い描くと、そこに女としての生活の発展などということは、みじんも考えられなかった。伸子の目の前には急に激しい疲労と老いに襲われた哀れな母の姿しか浮ばなかった。――結婚――伸子はいよいよおどろきを眼にたたえて、テーブルの上に組合わされている多計代の、ほそくて白くすべすべした手を見た。
「……それ、どっちからの話? あっちから?」
「はっきりそうともいえないんだけれどね……」
「じゃ、お母様から? もうおっしゃったの?」
「だから、伸ちゃんはどう思うかって、きいているんじゃないか」
「――こっちから、なんて……」
伸子は、
「変だわ、変だわ」
不安が募って、そういいながら白くて柔らかい多計代の手をつかんだ。
「まるで変じゃないの? どうして? ね、なぜなの? 問題にもならないみたいなことなのに……」
「この間研究室へ行った時にね、あのひとも若いもんだから――」
ついそういいかけて多計代は周章《しゅうしょう》した。大学にある越智の研究室へ行くことを、多計代はこれまで保からもかくしていたのだった。伸子からはもとより。――そういういきさつに拘泥せず、
「そしたら?」
手を握ったまま多計代を促した。
どう表現していいかわからない、けれども、この話全体の核心になる事情がそのときのことに潜んでいるらしかった。
「……ともかく私としちゃ、もう結婚をするしかないのかと思うようになったのさ」
多計代の眼に涙が浮んだ。涙の浮んでいるその母の眼に、まばたきもしない自分の視線をぴったりと合わせ、想像されるあらゆ
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