と時のうつりを計っている。伸子はその座にいたたまれない思いになった。激情的な多計代は、いつも対手が一番ひどいことをいわずにいられなくなるまで、感情を刺激し、駆りたてた。伸子も始終それにまきこまれて来た。しかし、今夜、伸子はその渦に巻きこまれず、不思議に悲しい鮮やかさで、この家庭の全情景を心に映しとった。
十二
翌朝、身じまいをおわって伸子が畳廊下へ出てゆくと、襖があいていて、泰造が一人洋服箪笥の前で、身仕度をしていた。
「お早うございます、もうお仕度?」
「ああ。よくねましたか」
泰造は、きちんと剃った顔をあおむけ、洋服箪笥の戸の裏についている鏡を見ながらネクタイを結んでいた。ホワイト・シャツの背中が鼠色フェルトのズボンつりの交叉の間に清潔にふくらんで、あおむきにのばしたのどの皮膚が、カラーのあわせめから顎へかけて年配らしくたるんでいる。伸子が一緒に暮さないようになってから、もう何年か、泰造は毎朝一人で、箪笥の前で身仕度をととのえて事務所へ行くのがならわしになった。多計代は、良人や学校へゆく息子の朝食の時間におきて来ないことが多かったし、出勤の身じたくも、帰宅して来たときの着がえも、伸子が覚えてから滅多に手つだわないひとであった。泰造は年来、朝はこうして一人で仕度して出かけ、帰って来て冬ならばストーヴの前においてある和服に、今ごろなら衣紋竹につるしてある和服に一人でさっさときかえた。お嫁に来たとき、あんまりおばあさまの焼餅がひどくて、お躾《しつ》けがよすぎたもんだからね。多計代は自分たち夫妻の習慣を、そういって笑った。
けれども、年とった夫婦である父と母とがあらそいをした今朝、父がやっぱり一人箪笥の前で身仕度をしているのは、いつもの通りでありすぎて伸子には気の毒に感じられた。伸子は箪笥の中についている小抽斗からハンカチーフを出して、上着のポケットに入れたりした。
「お父様、よくおやすみになった?」
「ねたとも、例によってたちまちですよ」
父の顔色は、ほんとに、昨夜もいつもどおり枕へ頭を置くやいなや、すぐいびきになったと告げている。顔色ばかりか、手帳と紙入れとを内ポケットへ入れる手つき、箪笥をしめてまた食堂へ戻ってゆく足どり、それらのどこにも、昨夜のもつれた気分の跡はなかった。もう今日一日の活動の一歩がふみ出されていて、その流れのうちにある
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