様は、本をよまない方だしね、越智さんはああいう真面目な人だし、すっかり話がちぐはぐになっちまって、お父様はさんざんだったのさ、それだけのことだのに……」
「またシュタイン夫人のことでもいったんじゃないの?」
「…………」
ほんのにくまれぐちと自分で知っていったことに、多計代は答えない。伸子は愕然とした気持で、母の顔を見た。多計代は白くふっくりとしたきれいな顎をひきつけて、衿もとにかかった白粉を軽く指さきではらっている。越智に対してつかみかかるような激しい言葉がほとばしりかけたのを、伸子はやっと自制した。伸子はそこに、はっきりと、父と母とそして自分にも加えられた屈辱を感じたのであった。父親似の丸い伸子の顔に悲しみが現われた。黙って立っている伸子に、多計代は、
「食堂へ行くんだろう?」
ときいた。
「ええ」
多計代は、どうやら伸子と一緒の方が工合よい風で、つれ立って食堂へ行った。
珍しく保が、友人と回覧雑誌を出す計画のうちあわせで夕飯にかえらなかった。父の好物な豆腐のあんかけが出来ていた。それは伸子の好物でもあり、多計代はおくれてかえる保のために、
「保様がお帰りになったら、よくあつくしてあげてね」
とお給仕に念をおした。
幼いつや子が食堂から去ると、泰造、多計代、伸子の間に、さっきからつづいた気分がかえって来た。伸子は大テーブルの上のすこし離れた場所で夕刊をひろげていた。泰造は、煖炉わきのつくりつけの長椅子に、クッションを枕にして横になっている。多計代はいつもの、入口から正面の席で、薄い藤紫の地にすがぬいのある半襟のよくうつる顔をまっすぐに、いくらか胸をはるように坐っている。坐っている爪先が白い生きもののように落着きなく動いていることは、多計代の繁いまばたきの工合でしれた。
しばらくそうしていて、やがて多計代がその沈黙にたえられなくなったように、
「お父様」
さ、ま、というところに力を入れて泰造を呼んだ。
「なんだ」
「寺島の地所のこと、してくださいましたか?」
「まだだ」
「――困るじゃありませんか」
伸子は、自分に向けられた母の視線を感じた。が夕刊から目を動かさなかった。両親の心持のもつれが、こういうところに話題をとらえて、しかも母の方から挑むようにもち出されたことは、伸子に思いがけなかった。
「あしたですよ、期限が」
寺島に、母の実家があった。祖
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