れ自身を、或圏境に於ける、或性格の二十何歳の女は、斯う思った、と、自ら観、書くのだ。本能が観察せずには居ないのですから、と云っても、其は通じない。「我に叛く」の場合では、此点が、一層、複雑にもつれた。母上は、自分が、完く仕様のない母として故意に描かれて居ると思い込み、始めは、Aが、私を教唆して、あれを書かせたと迄、思われたのだ。
自分が如何《ど》う云う内的の動機で書いたか、説明は耳では聞かれる。が、心に些も入らない。
九月の初旬、母は、憤って私を呼びつけられた。
如何程、熱心と誠意とで説明しただろう。
自分は、一大危機に面して居るのを覚えた。どうかして、彼女に理解し、納得して貰わなければならない。芸術家としての一生には、此から、猶此様なことが起らないとは限らない。その度に、斯程の誤解と、混乱があるのでは、どうしたらいいのか。又、彼女の威脅や涙に、創作を掣肘されては堪えられない。今まで、自分は充分、それを受けて来た。やっと、人間として生活し始め、独特な作品も出ようと云う時、又、再び、貧しき人々の群を書いた頃の、従順を期待されては、全く、一箇の芸術家として、立つ瀬がないではないか。
これ程、自分の感情、よく云われる悪く云われる、世間体、体面を喧しく云われるのなら、何故、自分を仮にも芸術家として世に立たせて呉れた。何故、左様な天分を与えて生んで呉れた!
涙が、押えても流れた。母と自分の為、一生の用意の為、自分は、心のあらいざらいの熱誠をこめて、話した。
母も泣かれる。
私なんかは、如何う云われようが、何と思われようがお前の芸術さえ、崇高なものになれば、構わない。けれども、そうは思えないのだもの、どうしたって、左様は思われないのだもの。
あれから、考えて考えて、夜も碌々眠らない、と泣かれる。
私の仕事を思って呉れられる愛、それをもう一歩、真個に、もう一重、ぽん! と皮を打ち破って、広い処へ、何故出られないのだろう。
何故、出て見よう、とはされないのだろう。
彼女の愛は身にこたえる。然し、不明な点は、一歩もゆずれない。一言、悪かったと云ったら、私は、少くとも、今度の恋愛、結婚、すべてを悪かった、と自認したごとくなるだろう。未来の一生を、彼女の、狭い、純潔だが、偏した、善悪の判断の下に、終始しなければならなくなるだろう。
寒い日で、炬燵にさし向い、自分
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