上の娘は、三輪の郵便局の細君になって居る。二女が二十一二で、浜田病院に産婆の稽古をして居る。うちにもちょくちょく遊びに来る、色白な、下膨れの一寸愛らしい娘であった。先頃、学校を出たまま何処に居るか、行方が不明になったと云って、夜中大騒ぎをしたことがある。それも、病気を苦にして、休みたかったのだったそうだが、今度は、愈々腹膜になって、ひどい苦しみようだと云うのである。
朝から様子を見に行って居たとり[#「とり」に傍点]が
「奥様、もう駄目でございますのよ!」
と云い乍ら、顔をかえて水口から入って来た時、自分は、ぎょっとした。
彼女の息子二人は、結核で死んで居る。又、今度も! と云う感じが、忽ち矢のように心を走ったのである。
生きるか死ぬか、母娘諸共と云うような場合、此方の困ることを云っては居られない。
父の上京のことも思い合わせたが、自分等は、さっぱり彼女に暇をやった。
一方には、漠然と、瞬間を利用した形跡がないでもない。Aは、先頃から彼女の、神経を疲らす甲高声と、子供扱いとに、飽きが来て居た。何処か性に合わない処もあるらしい。やめたいとは、前から云って居たことだが、此方から来ないかと云って来させ、もう帰れとは云えない。それが、此、刹那にすっかり位置が変り、相方の希望が一つの形に於て満されると云うことになったのではないだろうか。
後の代りがないことは、少くとも、自分には判り過る程解って居た。が、いざと云う時にはどうか成ろう。
正直に云うと此事より、自分にとっては、深い心懸りが他に一つあった。それは、林町と我々、寧ろAと母との間に不調和があり、去年の九月から、彼は、林町へ来ることを止められて居ると云うことなのである。
老人に、云うべきことではない。彼が来れば勿論、林町へ挨拶に行こうと云われるだろう。Aの行かないのは変だ。
彼の来られる前、何とか今の状態を換えることは出来ないだろうか。
云わずとも、Aは勿論其事を思って居る。
其為にも、又、老人の上京等と云うことを抜きにして考えても、彼と母との間が、あまり長い間、左様な有様で居るのは、不自然すぎる話である。何とか理解し合う機会にもと、Aは、二月の十一日から十三日迄、私の誕生日をよい折に、二人を晩餐に招こうとした。一月の中旬から考を定め、二人の気にさわらないようにフォーマルなインビテーションを書き、都合
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