絶えず、自己の内的生活、制作に、有形無形の掣肘を加えられると云う意識から脱し切れない有様なのである。
 自分は、其動機の裡に、仮令《たとい》、或程度の世間的野心や慾望の遂行が含まれて居ようとも、兎に角、母が、自分の傾向を理解し、一生を生かせる道を与えて呉れられたことには、深い感謝を覚えて居る。思想上種々なコンフリクトがあったとしても、自分のその有難さ丈は一点の汚辱も受けないのである。
 母が、それをすっかり理解し、自分も其点で、希望と信頼とを持って呉れたら、どんなによいだろう。性格の異うこと、何と云っても、彼女は芸術家には生れ付いて居ないこと。それ等が実感として彼女の反省にのぼりさえしたら、或程度まで譲歩は出来得よう。自分には、すべき実に多くの感謝がある。美しい調和、いやしい妥協ではなく、真心からとけた協和が生れない訳はないのである。
 父と自分との間には、可なり迄、此点はよく行って居る。自分は、父の家庭的位置と云うことにも深い理解と同情とを感じて居る。
 それ等のことは、又いつかくわしく書く機会もあろうが、ちっとも苦しめたくない、懐しい父が、彼の顔に憂いを漲らせ、悵然とされると、実にたまらない。どうでもよい。早くやめたい、とさえ思ってしまう。
 今も、森とした夜の畳の上に、彼が、一日中疲れた丸い脚をすとんと延し、斜に手をついて
「困ったことじゃあないか、え?――まあ、今夜はおそくもなったから、帰るといい。よく考えなくちゃならんことだ。」
と云われると、自分は言葉に従うほかない。
 母は、Aが、「それでも」と彼女の言葉を押して、理解され愛されることを懇願せず、
「それならば仕方がありません。私は、謹んで引下って居ります。私もよく考えますから、どうぞ、おかあさまも、よくお考えになって下さい」
と云って、立ってしまった為、一層、傷けられて感じ、絶望したように見える。
 自分は、
「それじゃあ、左様なら。おやすみなさいまし」
と云って、下へ降りた。
 此で、少くとも当分、又此処へは来られないなどとは、自分に嘘にも真個にされなかった。而も、それが事実なのだ。
 帰る道々、自分は、余り、意外な大きな事が突然起ったので、あの、青桐の黒い梢の見える明るい二階の縁側も、激しく声をあげて泣いた自分も、皆、夢の中のことのような心持がした。事に関しては、麻痺してぼんやり平気になったように
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