れた重い縞の風呂敷包みを持たされた。その風呂敷包みを蹴込みに入れ、私をのせた俥が桑畑の間の草道をまわって埃っぽい街道の上へ現れる。すると、私はいくら首を捩ってももうこれ以上後は向かれないところへ行くまで、右手の小高い丘に向って、朝日を受けている俥の上から手を振った。その高みの楓の生垣の上には遠くおばあさんの立姿がいつ迄も動かず見えていた。おばあさんの小さい姿が見定められないところへ来ても、街道の俥の上からはまだ夏座敷の縁側と丸く刈り込んだ檜葉の庭木が見えた。こっちからその眺望がきく間は、おばあさんの方からもまだ私の乗っている俥は見えているわけなのであった。
田舎の生活は一日が永かった。その中でのおばあさんのひとり暮しも単調なものであったが、私にとっては刻々が都会にはない色彩と音響とに充たされたものであった。私は鶏や犬や子供や大人にくっついて、村の中をどこでも歩き廻った。
或る日夏草のむせかえるようななかに臥《ね》ていた。むこうの耕地の緩い斜面に葡萄畑が見えている。遠くで雷が鳴っている。
やがて葡萄棚で葡萄の葉がサッと白く葉裏をひるがえしてざわめき立ったと思うと、灼けた耕地の面を湿っぽく重い風がうねり渡って、あっちの地平線から夕立がやって来るのが見えた。
私はびっくりして草の中から立ち上り、驟雨の先ぶれで一層埃の匂いのきつくなった草道の間を一心に家に向って歩く。家から遠く来ていることがこの時になって始めて感じられるのであった。雷がいきなり近くへ来て鳴った。低く、威圧するように尾を引っぱって山々が谺《こだま》する。私はもう駆け出しているのだが、両脚はサッサッ、サッサッと桑の葉に幅ひろい音を立てて迫って来て、最初の雨の一粒が汗一杯の頬っぺたを打ってころがり、道の埃をまるめたと思うと四辺は水煙り、私はずぶ濡れだ。足の甲に草っぱの千切れたのをはりつけ、雨がまばらに光って降っている中を家へ辿りつくのであった。おばあさんは叱る。けれどもそれは別にこわくない。
もう何日かで東京へ帰るという時、私の頭に虱がついているのがわかったことがあった。縁側に私を坐らせ、後に立って髪をこまかにわけては虱をかりながら、おばあさんは私までもひき入れられる程に思い入った調子で、
「虱なんぞたけて帰したら、ハアお前のおっかさんに何ぼ怒らっちゃか!」
と呟いた。そして、
「もういねえか?」
とな
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