結びついて理解されると、腰かけたまんまの自分の体がスーと宙に浮いて行くような恐怖を感じた。一緒に並んで腰をかけないのは、そんな用心からであったのか。十三の弟一人だけがそういう心持を持っている。そのことは恐ろしかった。やっと辛棒して私は二三分元のままの姿勢でいたが、到頭我慢しきれなくなって、湖に向ってぶら下げていた脚をそろり、そろりと片方ずつ引上げた。
「――帰ろうか」
 上の弟も私に声をかけられるのを待っていたように直ぐ立ち上った。私たちのこわくなった心持を知られるのも一層こわいようで、砂地で待っていた次の弟と黙って一緒になり、私共は出たときどおりの三人組で宿へ戻った。
 午後になるとまた雨が降り出した。私共は雨中の山峡に汽車の白い煙が窓を掠める間を引上げて、湖から帰った。
 おばあさんの家へ帰ってからも、それから後も、次の弟は二度とあんなことを口に出さなかった。私と上の弟とは余りぞっとしたので、却って互にそれを口に出して話すことが出来なかった。姉弟三人で草っ原にころがって綺麗な夏の夕焼空などを眺めたりしている時、不図あの言葉を思い起すと、私は自分の力では拭い消すことの出来ない黒い斑点が自分たちの生活にしみつけられたことを感じた。そしてその黒い一点はいつ見ても同じところにある。時には云った本人の弟は忘れていて私だけがハッキリそれを思い出していることを感じることもある。そういう時私は恐怖と嫌悪の混りあった激しい感情で喉元をしめつけられるのであった。
 次の弟は六つばかりの時、母の実家へ相続人として養子にゆき、姉弟の中で育てられながら一人だけ姓が違っていた。私や上の弟とは違って、彼だけは通知簿を母方のおばあさんに見せなければならなかったし、その度に、七十近くなって息子を廃嫡しているおばあさんは頼ろうとする孫にくどくどと云い、母もついそれにつれて、勉強おしとか、お前はほかの人とはちがうんだからとか、次の弟に責任を自覚させようとするのであった。
 この弟だけが姉弟たちのことを、母へ告げ口をした。
 私が十九の年、この弟は腸チブスから脳膜炎にかかって亡くなった。十五歳であった。田舎のおばあさんは歎いて、
「いたましいことをしたなあ。お前のおっかさんはあの舎弟息子を呉れてやって、ちっともめんごがらなかったでねえか」
と云ったが、それは違った。母は次の弟を決して愛していないのでは
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