て来る乳牛の大きさとこわさと畏敬とをごたまぜに感じるのだったが、多分牧場のそこの側は、日かげか何かで余り牛どもの気に入りの場所でなかったのだろう、決して竹垣の下まで近く牛のよって来たことはなかった。
 田端の汽車は、いつも動いているから目をはなせないし、牧田の牛はのろりのろりと動くから、また面白くて、なかなかその竹垣からどかれなかった。
 大きい方の弟が、牧場の土のところどころにある黒い堆積をさして、
「ねえ、あれ、牛のべたくそ?」
と大きな声できいた。
「そうですよ」
 一緒に牛をみている女中が、のんびりした調子で答えた。
 すると、下の弟が、
「べたくそみせて!」
と、のびあがった。
「あれ、べたくそさ」
 権威をもって大きい方の弟が、牧場の土の上に、いくつもあるかたまりを指さしてみせた。
「ふーむ。べたくそ?」
「べたくそ、さ」
 わたしは、べたくそに弟たちほど熱中を感じない。わたしには牛の匂いが気にいっているのだった。風の工合で、竹垣のところから、牛小舎の匂いがほんのりきけるときがあった。牛小舎の匂いは、すべっこくて、柔かくて、そして甘かった。におっていると、いいこころもちがし
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