盾ワれて来たそれらの印象は、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]にメーデーのよろこばしい準備がすすむにつれて、伸子の精神を奇妙なかわき[#「かわき」に傍点]においた。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]のなかにだけ生活し、ソヴェトの状態の中で明日を展望して生きている人たちが知っていないよその国の人々の苦しく生きている眼つき、馳《か》けてゆく労働者の背広の後姿、イーストエンドの公園じゅうに漂っていた不潔でしめっぽい変な臭いなどが、伸子の方から、その眼つきそのもので、その体つきそのもので、ある生活の臭いを甦らせながら、そのはげしいコントラストをたえがたいまで訴えるのだった。
 さあこれがモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]のメーデーよ。よく見なさい。ああ、ここにモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]のメーデーがあるんです。目には見えないで自分といっしょにいるどっさりの者にいちいちたしかめるような思いで伸子は、素子と腕をくみ合わせ、雑沓につき当ったり、押しつけられたりしながら音楽と赤旗とプラカートの林に埋った街々を歩いた。
 伸子たちは、暫くトゥウェルスカヤ通りを上下してから、劇場広場を迂回し、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]河岸の公園へ行ってみた。一方にクレムリンのダッタン風の外壁が高く聳え、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]河のひろやかな流れに臨むその公園は六月に咲きみちるリラの茂みの美しさと、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]には珍しい水の眺めのある公園として、人々から愛されている。
 伸子たちは、公園の人波にさからう方角からはいって行った。というのは、赤い広場の行進を終ったすべての列は、必ず一応、この公園の側へおりて来て、そこからめいめいの方角へ散るのだったから。
 赤い広場の方からは、絶え間なく湧きたつウラーがとどろいて来る。ことしは、この河岸の公園にもラウドスピーカーがとりつけられているから、赤い広場のスタンドの上から送られるメーデーの祝賀と激励の挨拶の声は、ウラーのどよめきとまじりあって埃っぽくなった公園の空に響きわたり、ぬくまった正午のモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]河の水面にまでひろがって行く。
 リラの茂みのわきに立って、タバコをつけ、輝く河面、動いてゆく色とりどりの人波、空と地上に鳴っている音響のあらゆる高低に耳をすますようにしていた素子はやがて、
「おととしと、ちがうなあ」
 その感想をおさえられないようにつぶやいた。
「あなたも、そう思う?」
 伸子は、うれしい! という云いかたをした。
「どこが、ちがうと思う?」
 伸子は、けさホテルを出て、トゥウェルスカヤの大通りを埋めている行進の列をひとめ見わたしたとたん、おととしとちがうことしのメーデーを直感した。何と大小の旗の数がふえているだろう。そしてその旗の布地も図案も旗竿も、おととしとはうって変って確《しっか》りした品だった。それに、ブラスバンドが殖えている。行進のはじまりをまつ間ガルモーシュカを弾いて、そのまわりで歌ったり、踊ったりしている組も吉例どおりあるにはあるが、いかにもメーデー目ざして揃えたらしいテラテラ光る楽器を肩にかけた工場の音楽隊が、うれしそうな、ほこらしそうなきまじめさで、先頭に立っている。それらの変化に目をひかれると同時に、伸子は、行進する人々の身なりは、たいしておととしとちがっていないことに気づいた。人々は、女も男も、やっぱりズック靴をはいている。それが、清潔に洗ってあるか、さら[#「さら」に傍点]であるかというちがいだけで人々はおととし、伸子が見たとおり、てんでんばらばらに、つましいメーデーの晴着をつけているのだった。
 行進で陽気に溢れている歩道にそって歩きながら、伸子の胸はしめつけられた。これらの人々は、自分らの身なりは二の次として、ことしのメーデーには組合の旗、細胞の旗をよくし、プラカートも念入りにこしらえ、ブラスバンドまでもって行進に出て来ている。その雰囲気には、労働者階級としてのほこりと、一人一人が生きていることについて抱いている確信が語られていた。失業者が多いメーデーとは、どんなものか。伸子はワルシャワの広場の陰惨な空気を、カフェーのガラスに押しつけられていた男のしなびた蒼黒い横顔を思い出した。
 素子の指さきをきつく握りしめたまま、伸子は熱心に行進を見ていて、そういう感想については、云わなかった。伸子にとってそういう思いは、心の奥底からの真実の思いであり、素子の賢くて皮肉な唇の歪めかたを見たいと思わなかったのだった。
 でも、素子もやっぱり、感じるものは感じている。――
「ね、どこがおととしと、ちがうと思う!」
「いろんなことがちがうさ。――」
 素子は、左手で肱を支えるようにしてタバコをもっている手はそのまま、顎を出すようにした。
「こうやって歩いている連中の様子からしておととしとまるっきりちがう」
「どうちがう?」
 伸子にも素子が目をとめたところはわかるようだった。けれども伸子は素子からききたかった。
「この連中の体も気分も、ちっともくずれてない。おととしみたいに、行進がすんだら、それだけで、足もとまでずるつかして遠足がえりになっちゃう、あれがない。たいしたちがいだ。しゃんしゃんしているじゃないか」
 リラのわきに立ちどまって見ている伸子たちの前後を、通ってゆく、というよりも公園いっぱいに流れて来ては流れてゆく男女は、大小の群れになって、笑ったり喋ったり、いまはもう巻かれている重い旗を肩から肩へかつぎかえたりしながらも、ほんとに素子がいうとおり、これで年に一度の行事がすんだという、ゆるんだ表情はどの顔の上にも見出せなかった。人々の気分の密度が変っていない。
「はりあいがあるんだわ。どのひとも、自分の背骨はちゃんと立っているっていう気分なんだわ」
 モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]のメーデーは年ごとに行われて来たが、こういう気分は、おととしのメーデーになかったというばかりでなく、やはり五ヵ年計画第二年目に特別な調子だった。
 伸子たちが見ている前を、旗やプラカートをかついだ男女の大きなひと群れが通った。出版労働の連中だった。五ヵ年計画を四年で! とスローガンを題字にした赤い表紙の本のつくりもの。文盲撲滅! その下に二四六三七万ルーブリと五ヵ年計画が支出する文盲撲滅費を書き出したもの。ことしは、どの組合のプラカートも、四つに一つは自分の職場での五ヵ年計画生産の増大指数を書き出しているのも特徴だった。ひとかたまりの若い婦人労働者たちがおそろいに赤いプラトークで髪をしばっている。円い顔、すこし色のわるい細おもて。いろんな顔だち。彼女たちの金髪は赤いプラトークにてりはえてひとしお金色にかがやいている。ズックの運動靴、薄色の粗末な靴下。歩いているうちにすこし下ってそれがよじれはじめているのにも心づかないで、活溌な足どりで河ぷちを行く。
 その群れの中に、伸子は、一つの変ったプラカートを発見した。コルホーズの風景を遠見に描いたそのプラカートには、農民新聞をよめ! とある。それから丁度、見事に波うっている(はずの)麦の耕地の空のところに――というのは、あいにく絵が下手で、そのプラカートの上に描かれた麦の穂波は、一面の黄色っぽい絵の具の洪水にすぎないのだったが――「成功に眩惑するな」スターリン。集団化! 機械化! 農村の五ヵ年計画! とかかれている。プラカートをになっているのは、もう年配の男だった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の労働者が、いつもメーデーからかぶりぞめをするクリーム色、夏のハンティングで、すこし猫背の小柄な体に、これもモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ではおきまりの葡萄色のレイン・コート兼合外套を着ている。
「――ちょっとあのプラカート見てごらんなさい」
 伸子は、素子の注意をうながした。素子も小さな興味を目に浮べて見ていたが、
「ありゃ、おっさん御自作らしいな」
「――そうかしら……」
 メーデーのためには、どこの職場の準備委員会も、プラカートには新機軸を出そうと趣向をこらしているわけだった。しかし、五ヵ年計画を四年で! と、帝国主義戦争反対という当面の大きいテーマは共通だし、その上準備委員会はどこでも、スローガンをえらぶとなると、|絶滅せよ《ダロイ》! というような文句が先へ来る言葉をこのんだ。その結果、伸子たちが歩いた街々に波うっているプラカートは、幾千、幾万つらなる赤い旗が、その中にどんな別のひと色もまじえない赤旗ばかりであるように、スローガンも似たりよったりのくりかえしだった。|絶滅せよ《ダロイ》! につづいて、あるものは帝国主義戦争、あるものは買占人《スペクリャント》。絶滅せよ! 官僚主義。という風に。――
 たっぷりした日光をうけながら、埃っぽい公園の河岸っぷち道をゆっくり帰ってゆくプラカートの「成功に眩惑するな!」という黒い文字は、不思議に新鮮で、生活感をよびさましながら伸子の心をひきつけた。
 プラカードに気をとられながら伸子の頭の中に、ホテル・パッサージの従業員の部屋の「赤い隅」の光景がうかびあがった。伸子たちがアストージェンカから越して来た時分、その部屋のうす青い壁の上に、プラウダから切りぬかれたスターリンの論文が、壁新聞にして貼ってあった。その論文の題が「成功の眩惑」だった。スローガンは、まぎれもなく、そこからとられている。
 農村のコルホーズ化が急速に成功して、二月下旬にはソヴェトじゅうの農家の五〇パーセントが集団化され、春の蒔きつけ用の種子がもう計画の九〇パーセント集められたと、各新聞は賑やかに報告して間もないころだった。スターリンの論文はそのような「成功」のかげに行われているいろいろな無理なやりかたについて、おそろしく率直に実例をあげて自己批判をもとめたものだった。コルホーズの成功は一部の指導者たちの間に「一挙にして社会主義の完全な勝利に駆けつけることができるのだから」「吾々はどんなことでもできる」という気分を生じさせた。トルケスタン地方では、農民を武力で脅し、コルホーズに加入したがらない者の耕地には灌水してやらないとか、工業製品を供給してやらないとか脅した指導員があった。伸子は、噂が事実あったことだったのを知った。スターリンの論文は、トルケスタン地方とウクライナ地方とそれぞれちがった条件の見境いもつかないで、「役人風な法令による命令主義、下らない脅迫」紙の上だけの決議や「存在してもいないコルホーズについて自慢たらたらの決議」など巧名をあせる指導員の「政策」を、チェホフの諷刺的な小説の主人公、下士官ブリシベエフ的な「政策」として、批判した。批判の鋤は力づよくごみの山をすきかえしていて、伸子はそこに、おかしな虫けらや、臭い汚物が掘りかえされ、日光にさらされたのを見た。コルホーズ組織の「『容易な』、そして『思いがけない成功』という雰囲気においてのみ発生することのできた」「だらしのない愚劣な気分、即ち『吾々はどんなことでもできる!』」という気分は、「成功で有頂天となって、明確な理智と冷静な見解をしばしば失ってしまった結果としてのみあらわれた」という点を、論文はその冷静な分析のために一層ぬけ道のない印象で追究していたのだった。
 伸子が空色ヤカンを下げて通りがかるパッサージの従業員室の壁新聞の上でも、このスターリンの論文は、ずいぶん古びるまで皆からくりかえしよまれていた。論文は、人々の生活感情につよい信頼をよびさましたのだった。なぜなら、コルホーズ化のやりかたにあらわれれて、口から口へつたえられていた無理は、一月の、階級としての富農絶滅のための論文以来、漠然と予感されていたものだった。形のかわった何かの無理、或は馴れない新方式は、たとえばパッサージの経営に人民食糧委員会が新しく人を派遣してよこすような細部にもあらわれて、市民の気持には、何か日々に晴れやらぬ圧迫感めいたも
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