フ真似をしたのかもしれない。しかし――接吻の真似――それはやっぱりごまのはい[#「ごまのはい」に傍点]の仕業だった。
小花模様のついた絨毯のしかれた午前一時すこし前の階段を伸子は一段ずつ素子の部屋へ、のぼって行った。
八
伸子と素子とがたかられ、伸子がスーモチカをとられたピオニェール小僧は、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で通称ダームスキーとよばれ、婦人や外国人専門のごまのはい[#「ごまのはい」に傍点]だった。翌日、市民警察の私服のひとと四十分ばかり昨夜の出来ごとについて話して、伸子たちは新しくそういう事実も知った。しかし、伸子にも素子にも、自分たちの被害を強調する気分がなかった。ことのいきさつは、はじめから伸子たちの不注意に発端していたのだから。
写真で見るルイバコフがいつも着ているようなダブル襟の胸にひだのあるつめ襟を着た私服のひとは、こまかに伸子のとられた品物の記録をとった。わずかの金銭のことや時計のことを告げているとき、伸子はきまりわるい思いだった。時計は、モ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ードの金側であるにしろ、とまったまま動かなくなっていたものだし、それは伸子が立つとき父の泰造が餞別に買ってくれたものでもあった。職業をきかれたとき、婦人作家と答えた伸子は、現実にあらわれたとんま[#「とんま」に傍点]を、自分に対してつらい点で感じるわけだった。
「わたしたちは、むしろ自分たちがわるかったと思っているんです。しかし起ったことは起ったことですからね」
素子が、その私服のひとにタバコをすすめながら云った。
「報告すべきだと考えたわけです」
「そうですとも。それにわれわれとしては、あなたがた外国のひとが、ピオニェールという点でその小僧を半ば信用されたことを、非常にお気の毒に思います。且つ遺憾とします」
ああいう小僧のつかまることや品ものの出ることについてはそのひとも度々の経験から期待をもっていないらしかった。
「あなたはどうお考えですか」
ゆうべから疑問に思えていたことを伸子が質問した。
「あの小僧は、本当のピオニェールだったんでしょうか、それともただピオニェールの服を着たよくない小僧だったんでしょうか」
ちょっと考えて、実直な顔をした若い私服のひとは、
「どっちとも云えないですね」
と云った。
「ピオニェールの組織は御承知のとおり大きな大衆組織で、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]市ばかりで数万の少年少女がそれに属しています。――その小僧がピオニェールであることも事実であり、同時に職業的ダームスキーであることも事実かもしれません。――残念ながらこれは、過渡期の社会としてあり得ることです」
モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来た当座はすり[#「すり」に傍点]にもあわないで、一年たったとき念入りなごまのはい[#「ごまのはい」に傍点]にたかられたということは、伸子に自分たちの生活態度をいろいろと考えさせた。劇場の外套あずかりどころで、素子が外套のポケットから札束を出したりした。それが間違いのもとだったのだが、そんな油断は伸子たちのどんな心理からおこったことだったのだろう。伸子も素子もモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]で働いて、それで取る金で生活しているというのではない。その上、ルーブルが円よりやすくて、換算上、日本の金の何倍かにつかわれている。素子と伸子のうかつ[#「うかつ」に傍点]さは、都会生活になれない人間の素朴なぼんやりさが原因なのではなくて、その土地で働いて生活しているのでない外国人がいくらか分のいい換算率に甘やかされている、そのすきだということが伸子には思われるのだった。
素子の節倹は、モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へついた当座からかわりなく、伸子たちはいまでも、気のかわった贅沢な料理をたべに、サヴォイ・ホテルの食堂へ行くというようなことは一ぺんもしなかった。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]としてはたかい砂糖菓子さえ滅多に買わなかった。そういう風なつつましさでは、多くの実直なモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]人と同様なのに。――あの札束が、かりに素子の月給であったらどうだったろう。もしくは、伸子の原稿料だったら――いずれにせよ二人はもっと慎重だったにきまっている。
ルーブルと円との換算率ということも、改めて考えてみれば、伸子にとっては一つの自己撞着だった。日本の円に対してルーブルが低い換算率をもっているということは、日本よりソヴェトの方が、一般的に社会的信用がないことを意味している。でもそれは、日本のどういう条件に対してソヴェトの信用がより少ないのだろう。ソヴェトの大多数の人々にとっては、ソヴェ
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