から摘発されて「プラウダ」に記事がのせられる場合がまれでなかった。一人の人民委員が、その地位にかかわらず非合法めいた住居のかえかたをしたりすることは、外国人である伸子たちに暗い想像を与えた。そして、その暗さは、ソヴェト生活の中では特殊な性格をもった。みんなから選ばれた人民委員が大衆の批判をおそれて、こそこそ動く。そのことが、ソヴェト生活の感情にとって不正の証明であるという印象を与えるのだった。その感情は素朴かもしれないが強くはっきりしていて、伸子は、そういう者のために自分たちがいるところをとりあげられるいわれは絶対にないという気が一層つよくおこった。自分たちは外国人で、共産党員でもなければ、革命家でもない。だけれども、少くともソヴェトの人々の真剣な建設の仕事をむしばむ作用はしていない。こそこそアジトをもったりする人民委員よりも、伸子たちの方が心性と事実とにおいてソヴェトの人々の側にいるのだ。伸子は、
「それならそれで結構だわよ、ね」
挑戦的な元気な表情で云った。
「ソコーリスキーがわたしたちをおい出す理由がますます貧弱になっただけだわ」
朝晩は部屋へ運ばれることになっている茶を注ぎながら、素子が幻滅したような皮肉な口調で、
「人民委員は、バルザック(ロシア産の白葡萄酒)がお気に入ったとさ。朝はコーヒーしかめし上らないんだそうだ」
と、唇をゆがめて笑った。
「アニュータは、うちへそういう人が来たっていうんで亢奮してだまっちゃいられないんだね。絶対秘密だってみんな話してきかせた。どうせしゃべらずにいられないんならわたしを対手にした方が安全だから、アニュータもばかじゃない」
伸子は茶をのみながら考えていて、
「部屋がみつかりさえしたら、ひっこしましょうね」
と云った。
「たとえわるい部屋でもね」
いかがわしい事件にかかわりのある家に自分たちがいることを伸子はいやに思った。モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ来て一年たつ間、伸子たちの存在は何の華々しいこともないかわり、平静で自由であった。もしミャーコフという保健人民委員のいざこざにつれてどういういきさつからかそれに荷担しているソコーリスキー一家の生活がひっくりかえった場合、それにつれて自分たちの生活まで一応は複雑な角度から見られなければならない。そういうことは伸子にいやだった。保が死んでから、かっきりソヴェト生活へうちこまれた自分しか感じられずにいる伸子にとって、そういう事態にまきこまれるような場面に自分をおくことはあんまり本心にたがった。
それには素子も同じ意見で、熱心に自分のきもちを話す伸子を半ばからかいながら、
「わかってるじゃないか。そんなにむきにならなくたって」
と云った。
「しかし、ソヴェトもなかなかだなあ。アニュータはその男がコーヒーをのむ(ピヨット)というところを、わざわざプリニマーエットと云ったよ。特別丁寧に云ったわけなんだ。ナルコム(人民委員)はただ飲むんじゃなくて――召しあがるというわけか」
プリニマーチという動詞を、伸子は薬なんかを服用する[#「服用する」に傍点]というとき使う言葉としてしかしらなかった。
その日も一日雪だった。伸子たちがモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]へ着いて間もなかった去年の季節の風景そのまま、来年の春まで街々をうずめて根雪となるこまかい雪が間断なく降りつづけた。
正餐のとき、それまでどこにも姿を見せなかった細君が不承不承な様子で寝室から出て来た。そして、テーブルにつき、
「いやな天気ですね」
おちつかない視線を伸子たちからそらして台所の方を見ながら、両手をこすり合わした。素子が平静な声で、
「特別でもないでしょう」
と云った。
そのアストージェンカ一番地の大きいアパートメントには、中央煖房の設備があって、各クワルティーラは台所まで居心地よい温度にあたためられているのだった。
細君は、すこし乱れた褐色の髪の下にエメラルドの耳飾りを見せながら、スープをのんだきりだった。両肱をテーブルの上について、時々指でこめかみをもみながら、二番目の肉の皿にも乾果物の砂糖煮にも手をつけなかった。ソコーリスキーは正餐にかえって来ず、伸子たちの出たあとの部屋へ来た人物同様、いつ帰っていつ出てゆくのかわからなかった。
翌日、正餐のときも細君は寝室にとじこもったきりだった。アニュータの給仕で二人だけの食事を終って、伸子は食堂の窓からアストージェンカの雪ふりの通りの景色を眺めようとした。寝室のドアがすこしあいていて、更紗《さらさ》模様の部屋着を着た細君がだるそうな様子で、子供寝台の上に立っている女の子に白エナメルの便器をとってやるところが、ドアのすき間から見えた。ちらりと隙間洩れに見えた寝室の様子にも、伸子たちのいる子供
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