オて、自分をみたしている悲しさと全くあべこべでありながら、不思議な慰めの感じられるよろこばしげなざわめきに耳を傾けた。
伸子がいるパンシオン・ソモロフのヴェランダから、ひろい通りをへだてた向い側に、大公園のわきの入口の一つが見えていた。楓の枝が房々としげった低い鉄柵のところに、桃色と赤とに塗りわけられたアイスクリーム屋が出ている。日曜日にだけ商売する屋台《キオスク》だった。その前で、二人の若いものが何か論判していた。コバルト色のスポーツシャツを着たいかにもコムソモール風な若者と、黄色と黒の横だんだらのこれもスポーツ・シャツで半ズボン、ズック靴の若者が議論している。往来の幅がひろいから伸子のいるヴェランダのところまで、二人の声はきこえなかった。何か言いながら力を入れてむき出しの腕をふったりしている動作だけが見えた。そのうちに黄色と黒の横だんだらの方の形勢がわるくなって来たらしく、その若者は、返答につまるたんびに頭の上にちょこなんとのっかっている白いスポーツ帽をうしろから前へつき出すようにしては喋っている。その動作にはユーモラスなところがあった。間もなく公園のなかから、六七人の仲間が駆けだして来た。ぐるりと二人はとりまかれた。黒い運動用のブルーマをつけて、赤いプラトークをかぶった三人の少女もまじっていた。コバルト色の青年がみんなに向って説明するように何か言った。黄色と黒の横だんだらも、帽子を前へちょいと押し出しておいて、何か訴えるように云った。一人の少女が、少し顔を仰向けるようにして、コバルト色の青年に向って何か言いながら、賛成しないような身ぶりで日やけした手をふった。黄色と黒との横だんだらに向っても同じようなことをした。それにつづいて新しく来て、二人をとりかこんだ青年の中の一人が何か言った。すると、そこにかたまっていた全部のものが、たまらなく可笑《おかし》くなったように大笑いした。赤いプラトークの少女は、とんび脚のように膝小僧をくっつけ合った上へ両手をつっぱって体を曲げて笑っている。コバルト色シャツの青年が、いく分苦笑いめいた顔でこれも笑いながら黄色と黒の横だんだら青年の背中を一つぶった。ぶたれた方は例によって、ちょいと帽子をうしろから押し出し、やがてみんなは一団になって公園へ入って行ってしまった。入れちがいに、赤いネクタイをひらひらさせてピオニェールの少女が二人、木の下からかけ出して来て、アイスクリーム屋の前へ行った。
ヴェランダから見ていると、そのあたりの光景は絶えず動いていて、淡泊で、日曜日の森に集っている健康さそのもののとおりに単純だった。雰囲気にはかわゆさがあった。その雰囲気に誘いこまれ、心をまかせていた伸子は、やがて蒼ざめ、痛さにたえがたいところがあるように椅子の上で胸をおさえた。伸子は思い出したのだった。保の笑っていたときの様子を。愉快なとき保は両手で膝をたたいて大笑いした。にこ毛のかげのある上唇の下から、きっちりつまって生えている真白い歯が輝やいて、しんからおかしそうに笑っていた保。――その保は死んだ。もういない。
ヴェランダから見ている伸子の視界に出て来たり、見えなくなったりしている若ものたちは大抵、十七八から二十ぐらいの青年や娘たちだった。この若い人たちの生は、何とその人たちに確認されているだろう。
伸子は公園のぐるりの光景から目をはなすことができずに、そのヴェランダの椅子にかけていた。そこに動いている若さには若い人たちの生きている社会そのものの若さが底潮のように渦巻いているのが感じられて、デーツコエ・セローの日曜日は、たのしげなガルモーシュカの音を近く遠く吹きよこす風にも、保が偲ばれた。
動坂の家のひとたちは、伸子と保とがどんなに一枚の楯の裏と表のようなこころの繋りをもって生きていたものであったかということについて、考えてみようともしていないであろう。或は多計代だけは考えているかもしれない。伸子のような姉がいるから、保はなお更思いつめずにはいられなかったのだ、と。誰か人があって、伸子に向い、同じことを言ってなじったとしたら、伸子はひとこともそれについて弁明しようと思わなかった。たしかにそれも事実の一つであろう。だけれども、それだけが現実のすべてだろうか。伸子が保に影響したというよりも、伸子は伸子らしく、それに対して保は保らしく反応せずにいられない今という時代の激しい動きがあるのだ。たとえば三・一五とよばれる事件で大学生が多数検挙されている。生れながらの調停派とあだ名されながらその恥辱の意味さえ彼の実感にはのみこめないような保が、保なりに、保流に、それについていろいろ考えなかったとどうして言えよう。保は、その一つのことについてさえも彼らしく各種の矛盾を発見し、そこに絶対の正しさ[#「絶対の正しさ」に
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