スときお母様は、すきな結婚をするなら、何でも自分でやれ、とおっしゃったかしら。――そうじゃなかったろうと思うんです」
ありのままを、ありのままに話しているうちに、伸子は、和一郎が総領息子として子供のときから母親との関係のうちにつみ重ねて来ている特権のようなものを、はっきり目の前に見た。それは、同じ総領と云っても娘である伸子と母との間にあったものとは全くちがった性質のものだった。そして、伸子の知らない一年半のうちに、保が死に、和一郎が結婚したという新しい事情は、金の話に、これまでの佐々の家庭には無かった一種の複雑さを与えてあらわれるようになって来ているのだった。次々とそれらが明瞭になって来て、伸子は、こういう種類の問題で、一家のうちの「娘」である自分のおかれている立場というものが、はじめて客観的にのみこめたのだった。
「お母様は、これまでの習慣で、何でもわたしをひっくるめておっしゃるけれど、こういう問題では、わたしは自然第三者的な立場なのよ。――そうでしょう?」
単純な云いかたではあるけれども、これらの言葉には、日本の「家」のなかでおかれている伸子の娘としての立場と、自分としての生きかたを主張している女としての条件の自覚がこめられているのだった。
「…………」
「もし、わたしがここのうちのなかで、こういう問題についていつも第三者的な立場に自分を置こうとしないなら、どういうことになるのかしら――」
多計代は沈黙したまま、不安げに長い睫毛《まつげ》をしばたたいた。伸子の云っていることのわけが多計代にのみこめたのだった。もしも多計代が不用意に云ったようなことが事実あって、伸子が和一郎をけしかけて佐々の家の金銭問題をせせくる女であるならば、佐々の家の将来はどうなるだろう。運転手の江田が和一郎を若様とよぶにまかせている多計代のこころもちには、自分たちの代でこれまでにした佐々の家という意識、そのあととり息子としての和一郎という意識がつよく作用している。パリへ来て、母の知らない別のホテルに泊って、自分たち夫婦の旅費の精算を強硬に主張するようになった和一郎のこころの底にも、日頃の多計代の口癖が反映している。どうせやがてはみんな自分のものになるものなら、それが必要な今ほしい、出しおしみするなといういきりがあるのだろう。
和一郎が学生であったころ、親たちと伸子との間におこった数々の衝突や争いを、今夜の話の内容と比べれば、どちらの側にも打算がなくて若々しく、さっぱりしたものだった。伸子は、悲哀をもって、佐々の家庭にも新しい局面がひらかれたことを感じた。
「お母様、よく覚えていて頂戴。わたしはもうこれから決して、お母様と和一郎さんとのお金の話には立ち入らないことにきめてよ。こんどは、偶然あんなことで仕方がなかったけれど……。こんどだって、お母様が思っていらっしゃるよりも和一郎が云い出した心持は根が深いと思うから、わたしは実際的に処置した方がいいと思っただけなんだから」
「――何も彼も、わたしが行届かなくて、相すまないことだよ」
多計代は、あからさまな反語の抑揚でそう云った。
「どこの親が、ためあしかれと思って苦労するものか! 子供も生んだことのないひとに親の気持がわかってたまるものか」
伸子は三十歳になって、現在良人をもっていない。子供ももっていない。母である多計代は、女として伸子が、そこにひけめ[#「ひけめ」に傍点]をもってでもいるように、その一点を狙って放った銛《もり》のように云って椅子から立ち上った。丁度そのとき、アパルトマンの廊下で電話のベルが鳴った。
電話は素子からだった。
「いやにおそいからどっかへ行っているのかと思った――どうした?」
「ちょっと――いろいろあるもんだから」
感情のわだかまりから急にぬけ出せない伸子の声は、うっかりして沈鬱だった。
「――相変らずなんだなア」
素子は、電話口で考えていたが、
「迎えに行こうか」
その思いつきに弾んだ調子だった。
「迎えに行けば、いくら何でも放免だろう」
「じゃ、そうして。来るときね、あのクリーム色の小さい鞄に、部屋着と顔を洗う道具を入れて来て――二人分――いい?」
あんまりおそくなるようだったら、ヴォージラールまでかえらずに、いっそここのブルヴァールのはずれで街路樹のかげに一つ小さいホテルがある、そこへでも泊って見るのもいい。伸子は、いくらか重苦しい雲にきれめの見えた思いで客室へ戻って来た。泰造がひとりで肱かけ椅子に残っていた。
「お母様は?」
「よこにでもなったんだろう。しばらくそのままにしておけ」
泰造は、拇指と小指とで、両方のこめかみ[#「こめかみ」に傍点]のところを揉むようにしているのだった。
「頭痛がなさるの?」
「頭痛というほどじゃないが」
なお自分でこ
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