」にしろ作者たちの凜然たる階級的肉薄は感じられないのである。
嘉村礒多氏は、近頃文章だけについて云ってさえ粗末極まるものが多い稀薄なブルジョア作品の中にあって一種独特なねつさ[#「ねつさ」に傍点]、粘着力を示して「父の家」を書いている。没落する地方の中地主の家庭内のいきさつを「衆苦充満」とこまかく跡づけ描きつつ、最後に虚無的「凡庸に返り」「追憶やら哀愁やら、あれから二十年が過ぎたが茫として二十年一ト夢という気」になって、落日に向って額に手をかざし「眠りこむように目を細め」る主人公が描かれている。
嘉村氏は、転落する地方地主の生活に突入っていわばその骨を刻むように書いているつもりなのであるが、結局その努力も主題を発展的な歴史の光によって把握していないから、現象形態だけを追うに止り自身の粘り、社会観の基調がいかに富農的なものであるかまでを鋭く分析はし得ていないのである。
嘉村氏は、滅びるものをして滅ばしめよという風にその姿を克明に描くが、そこに我々は氏のデスペレートな、崩壊の面のみを認識してそこから新たな力の擡頭のあることを理解しない富農の暗い憤りが文章のセッサタクマというところへまで転化して現れているのである。[#地付き]〔一九三三年四月〕
底本:「宮本百合子全集 第十巻」新日本出版社
1980(昭和55)年12月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第七巻」河出書房
1951(昭和26)年7月発行
初出:「国民新聞」
1933(昭和8)年4月6、8〜10日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年1月16日作成
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