しょう。何処か戸閉りを忘れた所がありませんかしら。まあ一廻りしてから、お宅の中を一寸見せていただきましょう。
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少しなえた様な服を着て、猪首の巡査は、何か云っては赤い顔をした。
疎な髯のある肉のブテブテした顔が、ポーッと赤くなり、東北音の東京弁で静かに話す様子は、巡査と云う音を聞いた丈で、子供の時分から私共の頭にこびり付いて居る、
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「何ちゅうか、あ――ん
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とそり返る概念を快く破ってくれた。
私はその巡査がすっかり気に入った。
可愛い人だと思いながら、背を丸くして行く彼のお供をして行くと、成程、まだ新らしい用箪笥が滅茶滅茶になって居る。
鍵がかかって居るのを、無理に何か道具でこじあけたと見えて、金具はガタガタになり、桐の軟かい材には無残な抉り傷がついて居る。
これには、母がまだお嬢様だった時分、書いたものや、繍ったもの、また故皇太后陛下からの頂戴ものその他一寸した私共には何でもなく見える、髪飾りなどばかり入って居たのだ。
地面にじかに投げ出されたものの中には、塩瀬の奇麗な紙入だの、歌稿などが、夜露にしめった様にペショペショになってある。
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「此那になって居るのを見るのはほんとにいやだ事。一そ一思いに皆持って行って仕舞えば好いのに。
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私は、醜い形にされた箪笥だの、泥になった好い物などが、しょぼくない形で散らかって居るのを見ると、ほんとにいや――な心持になった。
今頃は、どっかの屋根の下で、泥棒殿はニヤニヤして居るのだろうと思うと、此那にして大狼狽して居る自分達が、何だか変な心持もした。
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「さあ一体どこから入ったんでしょうなあ。
一向跡がありませんなあ。
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巡査は、毛虫だらけの雑木の中をくぐって、垣根際まで行ったり、裏門の扉によじ登ったりして見た。
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「このトタン塀はのぼれませんがね、
ちと此の門の方がくさい。
一体斯う云う風に横木を細かく打った戸は、風流ではあるが、足がかりが出来ますから、どうしても用心にはよくないですなあ。
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私共は、ガヤガヤ云いながら風呂場の前まで行くと、すぐ傍の、隣の地境に、歯抜けになった小階子が掛って居るのを見つけた。
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「あ! 階子! 階子がありますよ。
これじゃもう此処から入ったとほか云えませんね。
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皆は、杉の生垣に喰い込んで居る朽ちた様な階子を、触ったりガタガタ云わせたりした。
けれ共、それは、何処のだか知って居るものは誰も居なかった。
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「どこんでしょうね、うちのは高い所に吊り上げてあるし、もっとずーっと長いしするから……
おとなりんじゃあないでしょうか。
「そうかもしれない、
あ、ほらね此処が此那に折れてるでしょう。
向うから此方へ階子を下して、此れを足がかりにして登ったんです。
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巡査は、垣根際の桃の木をさした。
生れてこのかた、今日まで泥棒と云うものに入られた事のなかった私は、此那ことをして一々探索してあるく事が此上なく、面白かった。
命に別状さえなく、彼那嫌な風付きにさえならないですむなら、たまには探偵も面白いだろうなどと思われた。
第一の入口は斯様にして分ったけれ共、どこから家の中に入ったかと云う事が疑問であった。
水口の所にやや暫く立ちどまって、しきりに戸を外から、押したり叩いたりして居た巡査は、急にさも満足したらしい、得意そうな声をあげて叫んだ。
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「漸《ようよ》う分りました。此処からです。此処から入ったんです。
間違いなく此処です。
そら、斯う鍵が掛って居ますねそれを斯う分けましょう。そして、錠を突あげると何でもなく明いてしまう。奴等あ何と云ったって、本職なんですからな。
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それから彼は、靴を脱いで、台所中をすかしながら這い廻った。
流し元と、女中部屋との間の板の間に、薄く泥のあとが付いて居るけれ共、それもぼんやりして何がどうだか分らないので、
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「此処いらを余程行ったり来たりした様ですなあ。
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と、血が集まって、真赤になった顔を苦しそうにあげた。
用箪笥のあった奥の部屋へ行って見ると、二棹並べて置いてあった大箪笥の上の、こまかいものが皆下に下ろしてある。
彼那大きなものを持ち出し、此処でも之丈の事をしたのに、どうして家の者の目が覚めなかったのか、
どこかに禁厭がしてないかとか、ゆうべ誰かが干物を外へ出して置いたまんまだったの
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