いう反抗が、猛然と胸のうちに湧いて来たのである。
失望に代る何か一種の激しい緊張に、彼女は振い立った。
進め! 勇ましく汝の道を行け。心が鬨《とき》の声をあげた。そして、彼女の道を遮り行く手を拒むあらゆるものに向って戦いが宣せられたのである。
これから、彼女にはまるで理由の分らなかった自分と周囲との不調和、内から湧こうとする力と、外から箍《たが》をかけて置こうとする力との、恐ろしい揉み合いの日が続いたのである。
個人的傾向と、一般的方則の衝突。誰でも感じなければならないこの不調和は、主観のみの世界に閉じこもって、客観的な妥当性をまるで具備しない魂の燃え上るがまま、美点も欠点も自分の傾向の赴くままに従っていた彼女の上において、特に著しかったのである。
けれども、生れたばかりの赤子が、どうして彼の赤子であることを自覚しよう。それと同様に、すべての内在的原因を自覚し得ない彼女は、ただ衝突する周囲の者を見、自分の延そうとする手を否応なしに折り曲げさせようとするもののみを感じたのである。
四
―月―日
「真面目であれと云われる。それだのにほんとの真面目さは圧《お》し殺され、自信をもって進めと云われつつ、引き戻されるのはなぜか」
彼女のその頃のノートは、こういう種類の言葉に満たされてある。
「自分の一生懸命な質問は、明かに弱味を見せたくなさ、尊敬を失いたくなさに根差している虚勢で、お為ごかしの否定を与えられ、また或る種の人々は、彼の口軽な、頓智のいい戯談《じょうだん》で、巧にはぐらかしてしまう。それで自分がすまされると思うのか、今に忘れるだろうとでも思って、そんな当座まぎれをするのだろうか、非常に、非常に不愉快な心持がする。
経験の尊ぶべきことについて、屡々語られる。真に経験は尊い。けれども、その尊ばるべき経験は、いつも年長者の経験のみに限られているのはなぜか、我々の経験をすべて参考として、お前達自身の経験をより深く、より価値のあるものとせよとは、なぜ云われないのか。
―月―日
あまりに、あまりに婉曲《えんきょく》な辞令、便宜上の小手段、黙契をもって交換的にする尊敬の庇護、私は皆、嫌いだ。
広い広い野原に行きたい。大きな声で倒れるまで叫んで駈けまわりたい。大鷲の双翼を我に与えよ」
けれども、これ等の断片的の文句よりは、どうかして出さ
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