だけ多勢群れている方へと、向う見ずに走って行くような人ではなかった。
 ほんとに小さな者の前で、急に膨れ上るかと思うと、真に偉くもない、ただ偉そうな外見ばかりの者の前へ出ては、針の先ほどに縮まって声も出さないような人達ではなかった。
 けれども、どんな些細なことをも感じ驚異し得る非常に微妙な感情をもって、一粒の涙も、見えるか見えない微笑をも見逃すことはなかった。
 彼女は、一つ一つあげていても限りのないほどいろいろの、立派な「点」を知った。ひとりでに頭が下らずにはいられない尊い心の「点」を感じることが出来た。
 けれども、却って、偉い人格という、漠然と心に出来ていた型はくずれて、無辺在な光明の微分子のうちに溶けこんでしまうのを感じたのである。
 無辺在な光明……。
 ほんとに彼女は、もう「偉い人というものは」などという言葉で考えたり探したりしていることは出来なくなってしまった。
 偉大な人々の、実に数えきれないほどたくさんのそれ等の美点と美点とが、変化窮りない自由さと、力とにおいて、結合し、融合したときに発する光明の連続が、今、自分にこのような感動を与える。彼女は、彼等が、ただ正直な人間というものでもなく、意志の強いといわれるだけでもないことに気が附いたのである。
 偉い人の力を捕えて、掌の中で解体し、それをまた組立て、放してやるようなことは、決して出来ない。
 ただ、感じ得る者、いつも謙譲であり真面目であり、受け入れるだけの力のある者のみが感じ得るものであるのに、心附いたのである。
 かように、彼女が近くへよって、よく視ようとした偉い人々は、却って広さと遠さの無限のうちへ飛翔《ひしょう》してしまったけれども、まったく不思議なことには、何か偉大な魂を感じ得るものが彼女に遺されたのである。それが、感情の一部分なのか、理性の一面なのか、まるで解らなかったけれども、とにかく、彼女はその心持から、ほんとの人間の生活にとって、「あるべきこと」と、「あるべからざること」とが、或る程度まで判断されるようになった。
 そして、いつともなく相当な言葉数を知って来た彼女は、自分のこれからを「どうしたらいいだろう」とかつて書いた心細さからは、たとい極く僅かではあったが、救われた。
 一生懸命に努力して行き、正しいことから、より正しいことへと進んでさえ行けば、という希望が彼女の心のうちでだ
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