とき、ユーラスは、もう息もつけないような心持になりました。
 天鵝絨《ビロード》のように生えた青草の上に、蛋白石《オパール》の台を置いて、腰をかけた、一人の乙女を囲んで、薔薇や鬱金香《チューリップ》の花が楽しそうにもたれ合い、小ざかしげな鹿や、鳩や金糸雀《カナリヤ》が、静かに待っています。
 そして、台の左右には、まるで掌《てのひら》に乗れそうな体のお爺さんが二人、真赤な地に金糸で刺繍《ししゅう》をした着物を着、手には睡蓮《すいれん》の花を持って立っています。あたりには、龍涎香を千万箱も開けたような薫香に満ち、瑪瑙《めのう》や猫眼石に敷きつめられた川原には、白銀の葦《あし》が生え茂って、岩に踊った水が、五色のしぶきをあげるとき、それ等の葦は、まあ何という響を立てることでしょう。
 胡蝶《こちょう》の翅《はね》を飾る、あの美くしい粉ばかりを綴ったように、日の光りぐあいでどんな色にでも見える衣を被って、渦巻く髪に真赤なてんとう虫を止らせている乙女は、やがてユーラスの見たこともないライアをとりあげました。
 そして、七匹の青|蜘蛛《ぐも》が張りわたしている絃を掻き鳴らし始めると、二人のお爺さんは、睡蓮の花を静かに左や右に揺り、いっぱいに咲きこぼれている花々の蕋《ずい》からは、一人ずつの類もなく可愛らしい花の精が舞いながら現われて来ました。
 目に見えない※[#「毬」の「求」の代わりに「戍」、297−4]毛《わたげ》を金色に輝やかせながら、喉を張って歌う乙女の歌について、森じゅうの木々の葉と草どもが、小波のように繰返しをつけて行く。花は舞う。草木は歌う。勢づいた流れの水は、旋律につれて躍《おど》り上り跳《は》ね上って、絶間ない霧で、天と地との間を七色に包む。
 ありとあらゆるものが、魔法のような美くしいうちに、乙女の声は体の顫《ふる》える力と魅力をもって澄み上って行ったのです。
 ユーラスは、半分夢中のようになりました。そして、いきなりその踊りの真中を目がけて踏み出そうとすると、今までは、なごやかに低唱していた樫の木精が、一どきに
 ギワーツク、ギワーツク、カットンロー、カットンローローワラーラー……と歌い出し、彼方の霧の底から、微かな
 ハッハッハッ! ホッホッホッ! という声が高まって来ると一緒に、森じゅうの木という木の葉が、波のように白い葉裏を翻しながら、彼に向って泡
前へ 次へ
全31ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング