国以来の国民的性格の異った私共が、軽々しくそれ等を批判することは出来ません。その真によい処も悪いところも、傍から考える[#「考える」に傍点]よりはもっと密接に、彼等の生活の髄まで滲み込んでいる訳です。第三者から見ると、どうして、ああかと思う程、自然に、身について或る一特性が善用されているかと思うと、その一方では、何故あれが看過していられるだろうと思うような矛盾が、当然のことのように行われている。そこに、我々が或る国民の生活を観察するに、先ず正しい、広い人類的理想主義の立場から眼を放つことを要とする理由が在ると思われるのです。
 大略、右のような背景の上に現今の米国人の生活が営まれているとすれば、広くは大統領と国民との関係、狭くは、親子、夫婦、雇主対被雇人の関係に至るまで、何等かの形式を通じて、これ等根本の性格に帰着するのは、自明な事実ではありませんでしょうか。
 私は先ず、相当な年齢に達した二人の青年男女に眼をつけましょう。そして、彼等の生活に対する態度、恋愛、結婚に対する見解、並に、親子の感情、生活を追究して見ようと致します。
 若し、東洋の女性が不当に圧迫せられ、退嬰した状態を、男尊女卑と云うならば、確に西洋の人間は、女尊男卑であると云えましょう。まして、米国人は、その点を、特に強調して伝えられていると思います。
 過去に於て中世の騎士気質《ナイトフッド》の伝統を受けている上に、彼等は冒険的な新生活に踏み込もうとするに当って、如何なる危険をも物ともせず随伴して来た女性に向っては、一層深い敬意を抱かせられました。信仰と希望とのみに頼って、勇ましく新天地に活動しようと云う、その雄々しい決心のみでさえ、男性を鼓舞するのに充分であったのに、いざ曠野での生活が始ってからは、勇ましい一人の人間として、頼らず怨まず自己の職分を尽して行く。あらゆる困窮の裡にあって、変らぬ助手とし、友とし、愛人として暖く男子の生涯を護った女性に、彼等祖先は、真個のノストラ・マーター(我等の母)の永遠性を感得せずにはいられなかったのです。まして、その時代には、移住した男子の数より遙に女性のそれは少なかったでしょう。
 それ故米国に於ける原始女性尊重の真意とでも云うべきものは、婦人を実力に於て認め、人格価値の上からは半歩も男子に譲るものではないと云う事実的な結論に加えて、彼等一流の光彩あるロマンティックな輝を添えたものであったのです。
 斯様な社会状態は、長年の間に、他国に見られない女性の自由な発達を遂げさせました。天分があり、才能があり、而して意志のある者なら、自分の望む限り、学術研究に携っても実務に就ても発展することが出来る。完く一箇の自由人、独立人として何者にも制せられず、天職と自覚した方針を戴いて何処までも努力出来ると云う事実は、一般女性の胸に小気味よい覇気と、独立心とを育てました。
 娘は、先ず東洋のように妻になり母になるべきものと云う概念を植付けられる前に、人として如何に生活すべきかを考えさせられます。あらゆる箇性の天分を涵養することを以て主眼とする学校教育は、彼女に希望を表現するに適当な手段方向を教えましょう。純正な宗教観から見れば、とかく云うべきことはあっても教会は、徒に狭い階級的、種族的生活からは一段高く、人類の心から人生を観ることを説き聞せ、友達となる男子は、彼女の裡に尊敬すべきもののあるのを予期した態度で幼年時代から交際している。
 只、女と云う魅力、愛嬌、又処女としてのしおらしさなどは抜きにしても実際彼地には、一箇の人とし、女性として、心から男性に帽を脱せしめるだけの識見、実力を具備した婦人が少くないのです。
 若し、米国の幾千万の女性が右のように完美なものであったら、勿論、男子が払う尊敬は正当であり、当然なものでしょう。然し、そうばかりとは、決して云えません。寧ろ今日の状態では、女性尊重を極度に俗化し、空虚な習俗として全然心ぬきに実行している者と、改めて習慣となったこの風を反省し、それに適当な制限をつけるのを正しいと認めている者との、実際上の対立となっていると思います。
 始めは、真心から発した感情の表現も、時を経実感が失せた時には、空疎な仕来《しきた》りとなってしまいます。その上に生ずる蛆が出来る。現在米国でも、相当の知識階級の、青年男女は、殆ど滑稽な外観のレディファースト(婦人第一)を決して誇ってはいないのです。
 彼等はもう、実際人として尊敬するには塵ほどの価値もないような女が、只、風俗を利用し、婦人を冷遇する男子は、紳士として扱われないと云う異性の弱点につけ込んで、放縦な、贅沢な寄生虫となっている厭わしさを見抜いています。
 又、腹の中では舌を出しながら、歓心を得ようが為許りに丁寧にし、コンベンショナルな礼を守り、一|廉《かど
前へ 次へ
全10ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング