やめり
亡き人のたまを迎へて鳴くと云ふ
  犬の遠吠我はおびへぬ
あるまゝにうつす鏡のにくらしき
  片頬ふくれしかほをのぞけば
   ひな勇を思ひ出して
ソトなでゝ涙ぐみけり青貝の
  螺鈿《らでん》の小箱光る悲しみ
紫のふくさに包み花道で
  もらひし小箱今はかたみよ
振長き京の舞子の口紅の
  うつりし扇なつかしきかな
姉妹の様やと云はれ喜びし
  京の舞子のひな勇と我れ
紫陽花のあせそむる頃別れ来て
  迎へし秋のかなしかりしよ
たゞ一人はかなく逝きしひな勇は
  いまはのきはに我名呼びきと
我名をば呼びきと低うくり返せば
  まぶたのうらは熱くなり行く
思ひ出でゝひな勇はんと低うよべば
  白粉の香のにほふ心地す
いつの世にか又めぐり会ふ折もあるかと
  螺鈿小箱を秘めておきけり
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底本:「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社
   1986(昭和61)年3月20日初版発行
※底本解題の著者、大森寿恵子が、1913(大正2)年頃の執筆と推定する習作です。
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2008年2月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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