。
それから一ヵ月ほどそこに滞在して帰京して間もなく、級《クラス》会があった。私は、正月から、まだその年は一度も出席していない。余り御無沙汰になるので、雨の降る中を出かけて行った。そして、皆の、賑やかな、笑い、喋る姿を見ると、ふと自分の心に、先達っての名が浮んで来た。私は、幹事をしていた人に、
「先達ってのお葉書ね、私、深田さんという方が、どなただか、まるで分らないからあのままにしてしまったけれど。どなた?」と訊いた。
「ああ。おつやさんなのよ」
友は、非常に力を入れて返事をした。
「おつやさんが去年の初お嫁にいらっしゃって、深田さんとおなりになったの」
「まあ! おつやさんなの? まあ……」
「思いがけないわね。何てお気の毒なんでしょう――」自分は、言葉なく、友達の顔を見守った。深い、深い愕きが心を打った。
思いがけないという以上だ。気の毒という以上に感じられる。それほど、私の心に遺っているおつやさんという人は延々と育ち、非常に美しい皮膚を持ち、軟い花のような人であったのだ。
女らしい我ままや、おしゃれは、級《クラス》の中で誰よりも持っていた。家が、金持ちの実業家であり、末の娘であることから、ちっとも憎らしくはないたよたよとした処、無意識の贅沢、おっとりした頭の働きが、ありありと思い出される。
その他、私としては、胆に銘じ、忘れ得ない記憶がその人に就ては与えられている。私は、幾度も、
「可哀そうに」
と云った。思い出すと、可哀そうに、と云わずにはおられない。――
そのうちに、私共の組の主任であった先生が来られた。五年の間、自分達は、その、がっしりとした体躯の、色の黒い女教師の下に育てられて来たのだ。大抵の者は、もう人の妻となり、或は親となっていても、彼女の眼を見ると、皆、仲間同士の正直な、打明けた表情は圧せられてしまう。堅くなり、他人行儀になり、生徒であった時の義務の感などが甦って来る。十三四から十八九迄、毎日見た顔、指導された心に対して、それほどの距離が、彼女と自分等との間には在る。
まるで教室にでもいるように、一斉に立って迎えた中を、辞儀と愛素よい笑とを振撒きながら入って来られる様子を見、自分の心は、悲憤ともいうべき激情に動かされた。
あの平気な顔、自分の仕たことに一つの間違いもなかったのだと云いたげな風。私は、
「深田さんが死んだとお聞きにな
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