先生にするよりもっとあらたまった静かなお辞儀をした。
手を膝にのせてその水色を見つめて居ると、物恐ろしさは段々消えて、
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「ほんとにお叔父ちゃんは死んじゃった。
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と云う絶望的な、もうどうしても取り返しのつかない心持がはっきりし出して、私は大人の様な静かなそれで居て胸を掻きむしられる様に苦しい涙をこぼしたのであった。
その次の日から朝、お水と塩を枕元の机に供えるのが私の役目になった。
朝になると私は目が醒め次第暗い叔父の枕元に新らしいそれ等の供物を並べた。
生きて居る叔父に食べ物を並べてあげる通りどこかでお礼を云われて居る様な彼の大きな掌が、
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「ありがとうよ、
好い子に御なり。
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と頭を叩いて呉れる様に感じて居た。
そして、常に叔父の云って居た事が間違わなければ、好い事をした人は好い所へ行く筈だから、
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お叔父ちゃんも今にどっか好い所へ行くのだろう。
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と云う想像が非常に私を安心させて居たのである。
納棺の朝頃であったと思う。
どうかして周囲には人が誰も居ないで私丈がいつもの様に火鉢にあたりながら呆んやり座って居ると、後の唐紙をあけて、大変髭の濃い顔の角張った人が入って来た。
私は一寸振返ったけれ共知らない人だったので黙って居ると、屏風の中に入って何かして居た其の人はやがて片身を外へ出して、
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「百合ちゃん一寸おいで、
好いものを見せてあげ様。
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と手招きをした。
私は何の気なしに、
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「なあに。
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と立って行くと屏風の中に入れられた。
其処には厚い布団に寝かされて大変背の高くなった叔父の体が在ったけれ共別に変な感じも持たずにその人の後に居ると、顔の辺りに掛けてある白い布をめくりながら、
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御覧。
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と云って身をねじ向けた。
何だろうと思ってのり出した私は、
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アッ、
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と云うなりつまずきそうになりながら屏風の外へ飛び出すと、激しい怖れでガタガタ震えながら自分で気がボーッとなる程大きな声をあげて泣き出した。
私の
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