女を助手として入用ではないだろうか。彼女自身役に立てる道はなくても、同じ仕事の他の方面を分担している人々が、万一|需《もと》めているかもしれない。――
「ああ、それが好い、あなた××の古い出の方で×夫人という方――御存じじゃないでしょうね、この方に一つ紹介を書いて見ましょう、範囲のひろい仕事をしていらっしゃるから、若しかすると何かあるかもしれない」
 千鶴子は、矢張り消えそうな声で、
「ありがとう」
と云った。はる子は紹介を書きつつ、或る不便を感じた。それは、千鶴子がこういう場合必要なだけ自分を打ち開いてくれていないので、×夫人に彼女を推薦しようにも個人的な材料のないことであった。はる子は已を得ず学歴のことだの、専攻したという科目だのについて書いた。
 ×夫人のところで不規則ながら収入のある仕事が与えられたという手紙が千鶴子から来た。間もなく使に出た家のものが、
「すぐそこで小畑さんにお目にかかりましたよ」
と帰って云った。朝だったので、はる子は附近に住む×氏を訪問したにしろ時刻が早いと思った。
「そうお、大変早いのね」
「この近所に御越しになりましたんですって。弟さんと御一緒だそうです」
「急にここへ引越しました。家は古くて奇麗《きれい》でありませんが、心持のよい人達です。×夫人のところへは歩いて十分で行けます」という意味のノートを貰った。×夫人の仕事でどの位の金がとれるのであろう。弟と二人暮せるのだろうか。はる子は一時安心しただけで、凝《じ》っと考えると矢張り千鶴子の生活を危く感じた。

 然し、この当座の仕事だけでも大分彼女の心持を休めたらしく見えた。春の日光が屋外に出ると暖く眩《まば》ゆいが、障子をしめた斜南向の室内はまだ薄すり冷たく暗いというような日、はる子はぽっつり机の前に坐っていた。からりと格子が開いた。
「いらっしゃいますか」
 千鶴子の声であった。出るといきなり、
「あなた丁字の花御存じ?」
と云った。
「丁字? 沈丁とは違うの」
「見て下さい、これ今お友達から送って下すったの。余りいい香《にお》いで嬉しくなったから一寸あなたにも香わせて上げようと思って」
 千鶴子は手にもっている封筒から、四つに畳んだ手紙を出し、土間に立ったまま、
「ほら、いい香でしょう」
と、はる子の前へ折り目を拡げた。女らしいペン字の上に細かい更紗飾りを撒いたように濃い小豆色
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