だって。へー、五円て云ったのよ」
「アラいやだ」
「宿賃なんか兎や角云わないさ」
「大きなこと云ってるわ!」
「兎に角じゃ十日頃としとこう、又此方廻って帰ることにしときゃいいだろう」
 女達の話しぶりには、苦笑ながら悪意のもてぬ何ものかが籠って居た。それにしても、これは、どんな種類の玄人《くろうと》なのだろう。
 女中を呼んで男が
「おい勘定」
と云った。
「おかえりでございますか」
「ああ」
 どやどやと出て来る。丁度こちらの室へ女中が茶を運んで来たところで唐紙が開いて居た。鼻まで襟巻でくるんだ男が無遠慮にそこから内を覗きそうにした。
「いやだよ、この人ったら」
 男のトンビの陰にかくれるようにして、顔は見えず派手なメリンス羽織の背が目に止った。私にはその羽織に見覚えがある! 今日昼間、(あの娘たちのメリンス好きなこと)町の四辻に、活動写真館の前に群れ動いて居た色どりの中に、確にその大きい矢絣りも交って居た。――
「あのお客さん――おつれなあに」
 小さい堅気の女中は切口上で
「女工さんでございます」
と答えた。山のある町の人々は、工場の煙突を見なれたように、此那こともみんな見馴れて居るのだろう。町をひたす切な若々しい色彩の氾濫も、引潮の夜、思いがけぬ屋根の下でそれ等千代紙の破片《かけら》がもみくしゃになることも。――其故、新聞は広告をかかげる。
    御待合開業
 今回各位の御同情により三月一日より
   御待合並にうどん店
 開業いたし親切丁寧を旨として大勉強仕候間御引立の程願上候
  うどん/きそば[#「うどん」と「きそば」は2列に並ぶ]御待合
[#地から3字上げ]入仙



底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年5月30日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
初出:同上
※手書き原稿から起こしたこの作品において、底本は「始めかぎ括弧」以下の会話分を、1字下げで組んでいます。ただしこのファイルでは、当該箇所に字下げ注記は入れませんでした。
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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