うろくしたっても自分の足の大きさまで忘れやしまいし」と云ってじれったそうにどぶ板をカタカタとふみならして居る。私は軒先に立って面白い問答をききながら向いの雑貨店の店さきで小さい子供の母親の膝にもたれて何か云ってあまったれて居るのを自分もあまったれて居るような気になって望め[#「望め」に「ママ」の注記]て居る。帳場に坐って新聞をよんで居たはげ頭の主が格子の中から十二文ノコウ高はお合にくでございますよ。東京中おたずねになってもおあつらえでなくてはございませんよ」と云った。小僧はだまって又もとに火鉢のそばにかえった。じいやはだまって店を出て「やっぱりあつらえか」と云って歩き出した。私もだまって歩いた。家に帰るまでにまだ三四軒たびやがあったが、「おあつらえにならなくてはそんな大きい足袋は東京中にありませんよ」と云われたのがきいたと見えて「十二文のこう高は」はくりかえさなかった。じいやは「東京にもおれの足袋はないと見えるわい」と云って家にかえった。
それから一週間許たった風の強い日に〆て十銭也とかき出しのついた大きい足袋が二足じいやの所にとどけて来た。爪の先がもう少々白くなって居るが今はいて居るのがその足袋である。
十二文のコウ高の足袋もじいやの足が入るとはちきれそうにいっぱいである。
底本:「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社
1986(昭和61)年3月20日初版発行
※底本解題の著者、大森寿恵子が、1912(明治45=大正元)年もしくは1913(大正2)年の執筆と推定する習作です。
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2008年2月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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