ースを片手に握って当惑しているのであった。へえ、そうですか、こんなものもねえ。そういいながら、黒山の人だかりの方へ視線を向けて弱っている。
そこを通って、綺麗に真鍮の磨かれた階段をいくつか登ると、傍聴券検査所と黒札の下ったところへ入った。そこには詰襟のフロックコートへ銀モールをつけたような制服の守衛とくすんだ色の上被りをつけた四十前後の女のひとが二三人いて、婦人傍聴人は一人一人その女のひとがまたすっかり帯の下へまで手を入れて調べるのであった。財布もここでは出した。外からさわってみてこれは何ですかしら、判ですか、鍵でしょうか。しきりに押している私の財布には、口紅が入っていた。口紅だと思いますけれど。――おあけ下さい。そういうと、女のひとは、失礼しますと財布をあけて、その口紅を見た。これらは、至極丁寧な根気づよい態度でされるのであった。
傍聴人控室へまで入ったときは婦人の傍聴人の誰一人としてハンドバッグを持っている者はないし、男にしろ鉛筆一本も持ってはいない。
控室には弁当、寿司、サンドウィッチなどを売る店があって、なかなか繁昌だ。十一時ごろ控室まで入って、十一時半傍聴席へ入場して、
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