聴というようなことが、女の日常にとって何か特別なことと思われていて、来ている婦人が皆それぞれのつて[#「つて」に傍点]や背景を脊負っていて、それをまた女の狭い未訓練な社会感情のなかで自分に許されるはずの優位のように我ともなく思ったりしているところもあるらしい。そのことが、こんな小競合のなかにも現れて、妙な女の押しつけがましさや、或はそれへの反撥のあくどさともなって来る感じである。
 小波瀾が納まると、再び、待ちくたびれてどんよりとした重苦しさが場内に拡がった、そこへ不意にパッと満場の電燈が打った。わーというような無邪気な声と笑いが一斉に低いながら湧きおこった。国技館でも灯が入った刹那にはやはり罪のない歓声が鉄傘をゆるがしてあがる。人間の心持の天真なところが面白かった。
 四辺が煌々と明るくなるとますます目の下の空っぽの議席が空虚の感じをそそる。遠くの円形棧敷の貴賓席に、ぽつりと一人いる人の黒服と白髪の輪廓も鮮やかにこちらから見える。
 開会されたのは三時すぎであった。何百何千のひとは、今朝になるまで、この未曾有の遅延が、「質問順位で大荒れ」を理由とするとは知らず、二時間以上待っていた次第であった。きのう知らないばかりか、きょうになっても大荒れの必然はよく理解されまい。何故なら、普通の人の感情では質問の順番が、どうしてそれほど重大なのか、結局前もって告げられていた通りの順で、ともかく過ぎ得たものを何故一応揉まなければならないのか、納得しにくいのであるから。
 所謂選良たちを選び出している一般人が、傍聴人となって議事堂の内にあらわれているわけなのだが、これと議員と議会というものの関係は、現実とはちょっと違った風に扱われているのが議事堂内で感じられる実際の空気である。議員は傍聴人というものを、はったりをきかすときだけ念頭に浮べるのかしら。万事、聴かせてやる、工合に塩梅されているのも、独特であろうと思う。

 さて、漸く各大臣も着席し議長から開会が宣せられた。指名にしたがって米内首相が登壇した。悠《ゆっ》たりとしたモーニング・コートの姿である。その恰幅と潮風に鍛えられた喉にふさわしい低い幅のある荘重な音声で草稿にしたがって読まれる演説は、森として場内の隅々まで響いた。どことなしお国の訛が入る。
 つづいて桜内蔵相。内容はともかくとしてやはり声はよく耳に入った。畑陸相が登壇す
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