開会は一時というのだから、この店も自然と繁昌する刻限である。地方から上京して来ている相当の年配の、村の有力者という風采の男が相当多い。背中に大きい縫紋のついた羽織に、うしろ下りの袴姿で、弁当などつかっている。
婦人の傍聴人はその間にちらり、ちらりと見えるだけであった。ベンチのとなりに派手な装いの二十四、五の女のひとがいたが、茶色の背広をつけた頭の禿げた男がぶらりぶらりとこちらへ来て通りすがりに何か一寸その女のひとに言葉をかけて行った。そばにいる者にききとれない位にかけられた言葉であるけれども、それに応えてその女のひとが瞬間に示した嫣然たる笑みは、元より妻の笑顔ではないし、娘が父への笑い顔でもない。控室はこんな情景も閃くのである。刻々つのって来る人々の動きに押されたようにして、ここにも守衛が立っている。
やがて十一時半になって、詰め合って並んでいた列が動き出した。こういう場所の光景に馴れない目には、どの人も一様に片手に傍聴券と財布、紙、ハンカチーフなどをもち添えて、後から押されながら顎をつき出す形で一人ずつ狭く扉を入ってゆく様子が何とはなしまことに奇妙である。次のどこかで着物までもぬぐ下準備のような感じだが、もちろんそんなことはなく、そこでやっと議長席と向い合った棧敷《バルコニー》の傍聴席に落付くことが出来たのであった。
外からあの白っぽい記念塔めいた陰気な建物を遠望するよりここから眺める内部の方が遙にましな感じである。議席も議長席も傍聴席と同じおだやかな藍灰色の天鵞絨《ビロード》ばりで、下は暗赤色の絨氈がしきつめられている。半円形に並べられている議席はまだ空虚で、一段高くしつらえられた議長席のヨーロッパ風な背高椅子《ハイバック・チェア》や、そのすこし下の左右に翼をはっている大臣席など出場を待たせる雰囲気を醸しながらステインド・グラスの格天井からさして来る曇った冬の日光の底に静まりかえっている。
大分たって振りかえって見ると、婦人席も満員になっている。まだ大した人が外に待っておりますのよ、といっている声がきこえる。女の人ではなく、それは男の人たちということである。まだ四五百人おりますって。初めの一区切りは六百番まで入ったのだが、傍聴券は数の制限なしに出されるものだろうか。一般傍聴席は婦人席の五六十人分を入れて、七八百ぐらいあるのかしら。きょうは特別多いんでご
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