都市が、皆、俺のおもちゃに植えて行くと思うと、身震いがしたッけ。
ミーダ 俺がこれまでに作った悪徳の環もあれが頂上だったかな。
ヴィンダー ――兎に角仕事があれば存在も認められる。あの最中、俺達が他の神々を畏れさせた威勢はどうだ。善神どもは、意地が強いから、道ですれ違っても避けはしなかったが、二人で愉快に闊歩するのに出喰わすと、さっと、高慢な頬を蒼ざめさせたじゃあないか。
ミーダ それも昔の物語、では始まらない。――斯う宇宙一体が溌溂としないのは、俺が思うに、天帝の故だ。どうも老耄しかけて居る。――そうは思わないか。眠けざましに、イシオピア人の真似でもして天の一揆を工《たく》もうか。
ヴィンダー あの時結局勝ったのが誰だか忘れるな、矢張レーだ。
ミーダ 俺達にでも堪えるべき運命があると云うのか?――ああ、ああ、退屈は明敏な俺の呪咀まで腐らせそうだ!
ヴィンダー 俺の大|三叉《さすまた》が、恐ろしい鉄の轟きで天を震わせなくなってから、よい程時が経ったわ!
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ヴィンダーブラ、やがて、きっときき耳を立て、起き上る。
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ミーダ 何だ? 皆の足音でもするか?
ヴィンダー(熱心に)違う! 遽《あわただ》しい、わくわくした、嵐のような歓びのそよぎだ――ほら! 来るぞ。来るぞ。
ミーダ(同じく注意し)成程。此方に向って翔んで来る羽搏きの音が風を切って迫るな。――やあ、見ろ、俺達の奴《やっこ》どもだ!
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宮の柱激しく揺れ、その間からヴィンダーブラ、ミーダの使者一、二、翼を持ち、黒鉄の鱗片で鎧った姿を現す。
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使者一 御注進です! 吉報を齎したお賞めの言葉を先ず下さい。
使者二 悦び、悦び! 悦び※[#感嘆符二つ、1−8−75](バサバサ羽搏き。)
ヴィンダー[#「ヴィンダー」は底本では「ヴンダー」] ミーダ(一緒に)云え! 何事だ?
使者一(小声で早口に)大地の神が眼を覚まそうとしています。
今朝人間界に舞い下りて、彼方此方ぶらついていると、大地の神の衣の襞の海水が怪しく震えているのに目がつきました。
使者二 私共は素早く、馬鹿正直の翻車魚《まんぼう》を捕えました。彼奴《あいつ》は、見ないことを云えない代り、知っていることを隠す術を知りません。尋ねて見たら、徴の通りを云いました。大地の神が百年の眠りからさめて身じろぎをしようとしているのです。
ミーダ 本当か?
使者二 嘘は注進になりません。
ヴィンダー 間違いじゃあ無かろうな。
使者一 私の眼や耳は、まだ役に立つ積りです。
ヴィンダー よい。行け! 褒美は仕事がすんでからだ。――(ミーダに向い)どうだな?
ミーダ ふむ。――騒ぐほどのことではないが万更でもない。久しぶりに俺の鞭も命を感じて鎌首を擡げるようだ。どれ、どれ。(にじり出した、宮の端から下界を瞰下《みおろ》す)一寸下を覗かせろ。愚鈍な人間共が、何も知らずに泰平がっている有様を、もう一息の寿命だ。見納めに見てやろう。
ヴィンダー 俺の大三叉も、そろりそろりと鳴り始めたぞ。この掌に伝わる頼もしい震動はどうだ。(下を瞰下し)ふむ。感じの鋭い空気奴、もう南風神に告げたと見える、雲が乱れる。熱気が立ち昇る。
ミーダ(下を覗きつつ、段々亢奮し奇怪な様子で手に握った鞭を振り始める)ほうれ!(間)よしよし。この動物の血で塗りかためた、貴様等同族の髪毛の鞭が一ふり毎に億の呪いをふり出すか、兆の狂暴を吐出すか後で判ろう。呪いの鬼子、気違い力の私生児、入れ! 入れ!(ヴィンダーブラの袖を引張り)見てくれ、俺も老いまい? 粉のように飛んで、光のように、人間共にからみつく、あの――
ヴィンダー 仕事は分担だ。騒ぐな。
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ところへ、カラ、駆けて来る。
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カラ ああ、貴方がた。――その様子では、私の虫の知らせが当ったかしら。
ミーダ 愉快なことが起ろうとしている。大地の神が動き出すのだ、人間共の生意気な組立細工の滅びる時が目の前に来た。
カラ 何と云う嬉しさ!――薄穢ない獏奴の食いさしを拾って来たのじゃあなかろうね。私は、もう飢えと渇きで死にそうになっていました。
ヴィンダー 誰が知らせた?
カラ 誰も。(狡く)ただね、私が宮を出ようとすると、天の伝令が一人、影のようにすうっと饗宴の物かげに入りました。間もなく、又その影の影のように、慈悲の女神が、宮を出て消えました。ね? あの女神が左からゆけば、きっと右手に私の場所がある。
ミーダ さすがだ。――然し、此処で展望はきかなくなって来たぞ。
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