ーロッパ大戦が終ってほどない時代であった。初めて女房の心持で、白砂糖を買ったら、何でも一斤五十銭の上した。私はおどろいて、一体どうして暮して行くのだろうかと考え考え、小っぽけな砂糖袋をもって、お七で有名な吉祥寺の前の春の通りを歩いて行ったことを覚えている。その頃は刺身が一人前五十銭であった。
喫茶店をやっている人が来て、近々その店を閉めて、子供の予習所にするという話をした。砂糖その他が高くなって、今まで十銭のコーヒーであったのを十五銭にしなければ合わなくなった。喫茶店で出すマッチね、あれは紙なしで――表紙に貼ってあるペーパーなしで、千箱入三円三十銭だったのが四円になったんだから、参りますよ。煙草の増税で二千万円ばかり収入があったそうだが、七割はバットだってね。バットは一個について一銭だから、率は一等すけないみたいなんだが、何しろ皆が喫うもんだから。――考えたもんだね。といいながらそのひとは自分もバットの吸いがらを、唇をやきそうなところまで無理してふかしているのであった。
去年の秋から暮にかけて、恋愛論が大分流行して、ものの分った女のひとたちが、それについて随分論じた。一方で、食うもの、住むもの、著るものが騰る、騰るといわれ、一方で恋愛論花咲き、私は何かそこに簡単にいい切れぬ苦しい感情を犇々《ひしひし》と抱くのであった。
[#地付き]〔一九三七年二月〕
底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
1953(昭和28)年1月発行
初出:「東京日日新聞」
1937(昭和12)年2月9〜11日号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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