に、人間として他の能力も発揮させたいと思っている夫の愛が、妻|諸共《もろとも》、かまどに追われる悲劇は許されない。ピアニスト井上園子や草間加寿子が何故金持の息子と結婚しなければならなかったかということを考えれば、男女に関らず、夥しい人の才能というものが、今日めぐり合っている経済的な殺戮を思わない人はないだろう。これは資本主義社会につきものである。民主的社会は婦人の能力に応じた社会的職業と母性の完成との関係を、社会問題として解決している。姙娠、出産、保育の仕事は、女を女として認める男女同権の社会でこそ、社会的な仕事として設備され協力される。母となる困難を社会的に経済的に保証された時、婦人にとってはじめて職業と家庭というものは、人間らしい統一でもたれる。妻は、そして子は、唯一人の男の廻りにより固ってパンを求める哀れな存在ではなくなる。その時、私たち人間が男も女も一層のびのびとした心持で、互いの美点を認め合い、互いの面白さを喜び合うことが出来る。人間の社会の歴史は実にのろく前進するけれども、やっとそこまで進歩したことを祝福しあって、心からその肉体をも結び合す愉快さをそういう時になって拒絶する必要があるだろうか。人間は自然なものである。人類は自分の生存を自覚した初めから幸福を求めてきた。私たちの生きる権利は具体的には、人間らしい高貴な幸福を人と自分たちのために打ち立てようと努力する権利であると思う。
[#地付き]〔一九四七年十一月〕
底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
1980(昭和55)年5月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:「婦人の世紀」第四号
1947(昭和22)年11月発行
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年6月4日作成
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