あろう。
「四壁暗けれど」(島田和夫氏)は長篇の一部分であるらしいから、後の機会にゆずることにする。この作家や橋本正一氏、長谷川一郎氏その他によって発刊されている『文学建設』の新年号を、これを書くまでに手に入れることができなかったのを遺憾に思う。『文学建設』を中心とする活動家は、座談会の記事を見てもあきらかであるとおり、もっとも文学的技術の獲得に努力をはらいつつある人々であり、おのずからそこに問題を提示するであろうと、期待される。

『婦人文芸』が新年号から一つの特色として世界婦人作家伝の連載を約束し、先ず中国、朝鮮婦人作家の紹介を試みていることは、非常にふさわしく、又よろこばしい。松田解子氏の長篇小説「田舎者」第一回が発表されはじめたこと、遠山葉子氏が西鶴、近松の描いた女性について、元禄文学の科学的批判に着手されていることなど、号を追うて注意をひきつけるものがある。

 文化綜合雑誌として目下われわれは『文化集団』『知識』『生きた新聞』『進歩』などを読む便宜をもってい、新年号はそれぞれ時機を反映した内容を盛っている。私の印象では、同じく綜合的性質をもつ雑誌ではあるが、各編輯者がもっとそれぞれの特色をあきらかにしてゆく努力を払っていいのではあるまいかと感じられた。たとえば、『進歩』は『知識』などにくらべれば頁数も売価も違うのであるからそれに準じた内容の扱い方をもう一工夫あってよいのではあるまいか。『知識』が、各誌共通のトピックのほかに内容の多様性を求めて一頁論壇、谷崎潤一郎の文章読本の短い批評、宗教についての記事などを広汎にのせていることはプラスであり、続行されたい点である。けれども、たとえば「音楽雑談」や一頁人物評、吉川英治についての書きぶりなど、もう少し含蓄をもって読者の頭にきざみつけられるような筆致が更に効果的であったろうと考えられた。
 この雑誌のみならず、すべての雑誌が、もっともっと沢山わかり易い自然科学に関する記事、世界の人類が今日までたたみ上げて来た唯物論史、あるいは階級性と道徳との相互関係などをあきらかにする記事を根気づよく続けてのせる必要があると思う。『大法輪』という四百六十余頁の大宗教雑誌は新年特輯に「転向者仏教座談会」を催し、そこの婦人記者となった長谷川寿子は、自身の略歴を前書にして「遂に過去の一切の共産思想という運動を清算し」大谷尊由に対談して、長谷川「歎異鈔なんか拝読いたしますと『善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや』と書いてありますから、吾々共産党だった者でも努力をすれば救われるでしょうか」という質問を出している。この実例は、文化面においてないがしろにできぬ問題に向ってわれわれの注意をうながすのである。

 地方で発行されている諸文学雑誌について最も示唆にとんだ現象と思われた点は、それぞれの雑誌が、三十頁、七十頁の間にはっきりとその地方都市における編輯活動家たちの社会性、あるいは階級的活動の方面などを反映していることであった。『関西文学』の大月桓志氏、大元清二郎氏などの小説を読むと、そのことがつよく感じられる。大阪という近代都市の勤労大衆の生活は豊富な現実の内容をもっていて、例えば大月氏の小説に「性格」とは、おのずから違った題材の可能を語っているのではなかろうか。われわれの文学において、題材だけで作品の価値が決定せられるということはないのであるけれども、現在の情勢との闘いにおいて、われわれの文学を健全な発展へ導こうとすれば、『文学評論』の座談会で沼田氏その他が強調しているように、作家の目は常に労働者農民、一般勤労生活者の一見平凡な、しかも巨大な歴史性の上にいとなまれている生活の、芸術的再現に向ってそそがれるべきであろうと考えられた。
『郷土』創刊号の編輯は『関西文学』とは違ったジャーナリスティックな性質において都会的である。が、雑文「瓦職仁儀」や創作「養蚕地帯の秋」などは、地方の生産、それとの関係においての人々を描き、興味があった。文学のひろびろとした発展のために無規準な地方色の偏重は不健全におちいるのであるが、その地方の生産に結びついている大衆の文学的欲求とその表現とがより潤沢に包括されればされるほど、その雑誌は文学の中に地方の現実の着実な観察を反映するものとなって、その地方の読者をよろこばせるばかりでなく、他地方の読者を益することも多くなって来る。
 そういう意味で『鋲』『文芸街』の作品、『主潮』の詩「落穂ひろい」小説「中農の伜」「違反」「雑草」など、作品としてはいろいろの未熟さその他の問題をふくんでいるとしても、作品が生活から遊離していない点でやはり読者の心をひくものをもっていると思う。
 終りにのぞみ、何心なく『文芸街』の頁を繰っていたら『九州文化』などいう雑誌の名も見え、東京で発行され
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