も示されたら、さぞ愉快であろうと思う。
更に、この著者の温い情緒と意志とによるより高い業績への期待の上に立って云わせて貰えば、この本は、著者の善意の量と必ずしも匹敵するだけ、技術的にうまく書かれているとは云えないのではなかろうか。素人考えで云えば、整理のしかたに幾分の混雑がある。著者は自身の勉強によって、それぞれの権威者の労作からの引用を率直に利用している。それらの引用文と引用文との間の接続が強固な思索のリズムで行っていないところがあるように思えるし、著者が或る結論に到達した推論の過程なども、小冊子では出来るだけ要約された形で表現された方が読者の理解に便宜であるとも思えた。
この「社会運動思想史」という本は、何かパン種のような本だと思う。この本には、読者にそれだけの熱意さえあれば、現代文化の最高水準における多種多様な勉強へ展開してゆく可能が蔵されているのである。十七世紀の新陸地発見時代のイスパニアの貨幣にはジブラルタルの図案が鋳出されている下に Plus ultra(その向うにまだある)と刻まれていたと、この著者は語っている。この本は、今日の歴史の(その向うにまだある)ものに対する、私たちの健全な愛着と奮闘心とを呼びさます熱量をはらんでいるのである。[#地付き]〔一九三七年十二月〕
底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
1952(昭和27)年8月発行
初出:「唯物論研究」
1937(昭和12)年12月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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