・インベルは洗煉された一人のソヴェトの女詩人で、未来派出身らしいスタイルを持った才女であった。
 彼女の作品は気が利いていた。フランスの匂いがした。けれども率直にいってそれ以上の何ものであったろうか。今次大戦が始ってから彼女の良人である映画監督者は、レーニングラードの前線で記録映画のために働いていた。レーニングラードは包囲された。モスクワにいたヴェラ・インベルは飛行機でレーニングラードに飛び立った。そして、包囲軍を撃退する迄そこに留った。当時の日記が整理されて、「殆ど三年」という題で出版された。
 その大きい経験で、インベルの才能がどのように鞏固にされ、拡大されただろう。早く彼女の最近の収穫を読みたいと思う。そこには全ソヴェトの善戦の誇りがあるだろう。真の勝利とは、どういうものであるかということを鳴りひびかせている数行があるだろう。
 私たちは一日も早くその本を手にとって、一つ一つの文字は充分によめないとしても、ここに疑いもなく、人間の理性の環飾りがもたらされているということを感じたいと思う。
 最近、何人かの新しい婦人作家が活動している。一九四三年にモスクワで出版された文化紹介の冊子を見ると、オルガ・ベルホルツという女詩人の書いたものが載っていた。
 侵略されたレーニングラード市民の記録である。彼女の写真がのっていた。薄色の髪の毛を簡単な断髪にして、黒っぽい上衣の胸に、彼女の功績を語る勲章がさげられている。衿もとには、昔のソヴェトに決して見られなかった美しいレースの衿がのぞいている。オルガ・ベルホルツの写真の中の顔は、私たちを感動させる表情をたたえている。彼女の目と、口もとと。それは、どんなにさまざまの光景をみているかを、雄弁に語っている目であり、この口もとがひとたび開かれた時、私たちはそこから、もっとも真実な、レーニングラードの市民たちの善戦の記録を聞くに違いないと思える口もとである。彼女の名は十年前には知られなかった。
 マルガリータ・アリゲール。この女詩人は「ゾーヤ・コスモデミヤンスカヤ」という作品を書いている。ゾーヤ・コスモデミヤンスカヤはドイツ軍に対して組織されたパルチザンの戦いに参加した十八歳の女性であった。独軍につかまった時、彼女は、パルチザンの秘密を守って、拷問に耐え、一言も云わずに殺された。防衛戦の雄々しい英雄として彼女の物語りは映画にも作られた。ゾーヤも新しいソヴェトの娘であった。その物語りを書いたマルガリータも亦、新しいソヴェトの娘である。
 封鎖されていた日本の窓は、東に向っても西に向っても、漸々《ようよう》開かれた。私たちは開かれた窓に向っている。そして、その窓に、もたらされてくるこれらのソヴェトの文学の収穫を待っている。私たちはその窓枠を飛び越えて、自分たちの生活の声をあげながら、世界の友だちに向って、子供のように熱心に駈けだしたいと思っている。
 自由な、信頼にみちた、そして真面目な研究心に充実した、文化連絡の機関が確立されねばならない。アメリカの文化との交流、中国の文化の正しい再認識と評価。イギリスの、又フランスの、新しい生活力の開花して行く様子の反映。ソヴェトの文化の研究。これらすべては私たちの成長のために欠くことの出来ない栄養である。[#地付き]〔一九四六年五月〕



底本:「宮本百合子全集 第十三巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年11月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十一巻」河出書房
   1952(昭和27)年5月発行
初出:「ソヴェト文化」創刊号
   1946(昭和21)年5月
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年4月23日作成
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