ろうか。賃銀はいくらなのだろうか。それらについては語られていない。ただ、これらの女学生であり女工である娘たちは、その労働で貰う「相当の賃銀」を「大抵は学資の一部にあてている」のだそうである。校長先生の息子さんの経営で軍需インフレで繁栄している工場へ働いて、貰ったいくばくかの金を再び学校で、その阿母さんに払うのだとしたら、それらの可憐な女学生女工の二時間の労働というものの実質は、どこでどのように支払われたということになるのだろう。微妙深刻な形で、娘たちの家庭の苦しい経済事情と、時局国民精神総動員の声と、経営的手腕が複合して識者の眼に映ることは避け難い。教育当局が、若い女性に堅実な実務教育を希望しているのは事実であろうが、あながち十文字女史の方法を必ずしもよしとはしないのではあるまいか。
 女学生の工場への動員は大阪でも行われている。二つの女学校の五年生が、このせつのしきたりにしたがって○○と書かれている工場へ、一週に一度ずつ交替に手伝いに出かけている。一つは市立の女学校であり、この場合の性質は、学校の経営的な原因より、むしろはっきり、戦時的認識を若い娘心に銘させようとする意味に立っている
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