工場に雇われ、工業部門に参加するようになって来た女の数はおびただしいものがあろう。市内のある工廠で一挙に数百人の女工を求めて来たので、市の紹介所は、小紡績工場の操短で帰休している娘たちを八王子辺から集めて、やっとその需要にこたえた状態である。
 さらに他方には、東京の巣鴨にある十文字こと子女史が経営している十文字高等女学校では、十文字女史の息子が経営している金属工場の防毒マスクの口金仕上げのために、昨今は自分の女学校の四年と五年の生徒の中の希望者を、放課後二時間ずつ働かせているという事実がある。女史は往訪の新聞記者に向ってこう語っている。「別に大した労働でもなく、こまかなやさしい仕事です。私もかねて皆に仕事をするということは自分をつくり上げることだといって教えていますが、子供たちも仕事をする気分を味って、朗らかに働いています」そして、巣鴨の学校から志村のその工場へ通うバス代と別に「相当した賃銀」を出していると語っている。
 十文字女史によって子供たちといわれている娘も、女学校の四五年とあれば、もう女工としては十分に一人前である。毎日の二時間で、若い娘たちはどの位の口金仕上げをするのであろうか。賃銀はいくらなのだろうか。それらについては語られていない。ただ、これらの女学生であり女工である娘たちは、その労働で貰う「相当の賃銀」を「大抵は学資の一部にあてている」のだそうである。校長先生の息子さんの経営で軍需インフレで繁栄している工場へ働いて、貰ったいくばくかの金を再び学校で、その阿母さんに払うのだとしたら、それらの可憐な女学生女工の二時間の労働というものの実質は、どこでどのように支払われたということになるのだろう。微妙深刻な形で、娘たちの家庭の苦しい経済事情と、時局国民精神総動員の声と、経営的手腕が複合して識者の眼に映ることは避け難い。教育当局が、若い女性に堅実な実務教育を希望しているのは事実であろうが、あながち十文字女史の方法を必ずしもよしとはしないのではあるまいか。
 女学生の工場への動員は大阪でも行われている。二つの女学校の五年生が、このせつのしきたりにしたがって○○と書かれている工場へ、一週に一度ずつ交替に手伝いに出かけている。一つは市立の女学校であり、この場合の性質は、学校の経営的な原因より、むしろはっきり、戦時的認識を若い娘心に銘させようとする意味に立っているのである。
 どの新聞雑誌を見ても、銃後の婦人の力の実質が、この頃は生産拡充への直接間接の参加というところに重点をおかれており、常に欧州大戦当時の欧州婦人の活動が引きあわされている。「今から女工を養成して置くように」という言葉は、すでに去る五月杉山陸相によって提言されていたのである。

 日本の婦人の特徴ということを国際的な文化紹介としてあげ、優雅な日本の姿を欧米に紹介するための写真外交の見本として、きょうも新聞に見えたのは、高島田に立矢の字の麗人が茶の湯の姿である。ところが、そういう画面で日本の女を紹介する習慣をもっている日本が、平時から世界で一位二位を争うほど、婦人労働者によって生産を守られているという事実は、特に昨今何か新たな感動で私たち女の関心をひくことである。
 各国の有業者の人口に対する比率で見ると、婦人有業者の第一位を占めるのはフランスであり、次がドイツ、続いて日本の順である。男の有業者との割合では、男五九・一に対する女三一・九で、婦人の働きての数の多いことでは日本がほとんど世界第一位を占めている。アメリカの婦人の活動性ということは人々の常識にうちこまれているが人口比率で見れば、男六一・三に対して一七・七が女という割合なのである。
 フランスとドイツとの婦人たちが、欧州戦争であのように甚大な家庭の破壊を蒙った後、あらゆる部門に進出して一家の生活と社会の生産とのために働かなければならなくなっていることは、説明を要しない。
 日本では、さらに工場労働者数の男女別で見ると、女子労働者が男の労働者の数を凌駕している。昭和四年においてさえ男工一〇〇に対して女工の数は一一五・七を示し、大部分が繊維工業に分布されている。これは、日本が近代工業国として持っている歴史的な独特性である。故細井和喜蔵氏によって著わされた「女工哀史」はそういう特性をもった日本の若い無抵抗な労働婦人が、ある時代に経なければならなかった生活記録として、世界的な意味をもつ古典なのである。
 今日の生産拡充の要求は、これまでならばオフィス・ガールになったであろう若い婦人たちを生産面での活動に迎えると同時に、もとならば、紡績工場へ年期の前借で売られて行った村の娘たちを、機械工業に吸収して「旬日ならずして熟練工化せんとする」方向にあらわれて来ている。
 ヴィタミンABCでなじみぶかい理研のコンツェルンは
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