方の飾窓に古い女帯や反物の再生法の見本が陳列されていた。染物講習会が開催されているのであった。時節柄だなアという感想を沁々と面に浮べていろんなひとたちが見て通った。すると、その横の入口へ一台自動車がすーと止って、なかから一人のお爺さんが背中をかがめてでて来た。その自動車のフロント硝子には「自」という標が貼られてある。自家用自動車は、特殊会社のほかは五百万円以上の会社の社長級からでなくては動かせないことになったという噂だから、そうだとすれば「自」というマークは持ち主の身上を街上にさらして或る意味では示威しているような結果にもなり、そこにはそこでの悲喜劇もあるだろう。その車から出た老人は店員が頭を下げている前を通って店内に消えた。堂々たる飾窓のなかにある女の身のまわり品の染直しものだの、そういう情景には何か人の心情を優しくしないものがある。若い女のひとたちも日夜そういうものを目撃し、その気風にふれ、しかもその荒っぽさに心づかなくなって来るようなことがあれば、どこからほんとの美感としての簡素さというような健やかな潤いを見出して来るだろうか。今こそ私たちは人間の成長という方向で、ほんとの趣味を理解するために真面目に考えなければなるまいと思う。そんな派手な、きれいな色は使うなというから、使わない、またつかわせない。それでいいでしょう。それだけのところに止まるとすれば私たち女自身の屈辱があるばかりだと思う。[#地付き]〔一九四〇年十二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
   1952(昭和27)年8月発行
初出:「婦人公論」
   1940(昭和15)年12月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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