義その他、極東軍事裁判の法廷が、それをこそ共同謀議の思想として、有罪を宣告したファシズムの思想である。あるいは、侵略主義の主体としての民族主義思想であろう。
国際裁判によって有罪とされたそういう思想は言論の自由だからとりしまれないときくと、わたしたちのおどろきは深く大きい。警察でとりしまりたいとおもってとりしまれなかったどんなストライキがあったろう。文化的な仕事しかしていない東宝という映画製作所の闘争で、数千の武装警官と機銃をのせた甲虫が登場した光景は、フィルムにもおさめられた。言論の自由が民主的発言にたいしても、百パーセントの実効をあたえているだろうか。減刑運動という名のもとに、日本のまちがった民族主義の思想がふたたびうごめき出し、戦争挑発が拡大するような事態を許すならば、わたしたち人民の譲歩は、度をこしている。満州侵略に着手した田中義一の内閣に外交官であった吉田茂が、この減刑運動を、国内の民主勢力にたいする一つの均衡物として利用しようとするなら、それは一つの国際的な民主主義にたいする罪悪であるとおもう。
三
こういう問題ともにらみあわして、ふたたびアメリカ大統領選挙の話題が浮びあがってくる。あれほど共和党デューイ当選確実とおもいこまれた一つの原因は、アメリカの世論調査所がどこの調査もデューイ優勢を告げたからだった。半官的なギャラップ博士の米国世論調査所の示したこのたびの失敗は、世界の世論調査法に大きい教訓となった。ギャラップの世論調査所員の大多数は女子で、アンケートの送りさきは彼女たちの任意とされていた。彼女たちが労働者や下層民をさけたために、民主党を支持する人民層の意見が反映しなかったのだろうと、東京新聞で小山栄三が書いている。
ギャラップの世論調査所に働いているのが女子だったから、アンケートの送りさきが限定されたのではなかった。彼女たちが、資本主義の社会のなかで働いて生きる婦人として、はっきり自分たちの存在の意義や生活の本質を理解していなかったからにほかならない。彼女たちの職場と個人個人の生活の雰囲気が、タフト・ハートレー法案にたいしてなんの反対も感じず、アメリカ人口の二パーセントを益するにすぎない所得税法に無関心であり、彼女たちの感情が非アメリカ委員会の活動ぶりに民主的市民としての疑問をいだいていなかった結果であった。
なぜならば、ギャラップの権威を失墜させ、日本はじめ世界の大資本新聞をとまどいさせて、こんどの選挙にトルーマンが当選したのはアメリカの正直な男女の市民が、身につけているアメリカの民主主義社会生活の訓練と、働く市民としての生活事実に立脚した具体的な判断から、第八十議会で共和党の押しきった政策を批判したからであった。第三党として出馬したウォーレスの進歩党が、率直明白なその綱領によって、民主アメリカの幸福と世界の人民の民主化のためにタフト・ハートレー法や非アメリカ委員会の活動は廃止さるべきものであり、鉄のカーテンはとけうるものであり、またとかせるべきものであり、利潤を追うあまりに戦争挑発のとびこみ台となる基本産業は国有にされたほうがよいと、誰にでもその道理がうなずける綱領を示したからであった。日独にたいする講和促進と中国から手をひくがよいという主張、植民地住民の自立権の確立なども、ウォーレスの政策の一部にふくまれている。
アメリカ国内の民主的なすべての人々は、政権争いをこえて世界をあかるくするための誠意の披瀝されたウォーレスの綱領を好意的に迎えた。共和党と根本においては大差のない民主党が、トルーマンを当選させるためには、その政策をかけひきなしに民主的人民の見解を代表しようとする進歩党の主張に近づけなければならなかった。タフト・ハートレー法に賛成し、非アメリカ委員会のゆきすぎの活動を放任した代議士がそのなかにふくまれている民主党が、タフト・ハートレー法の撤廃を第一にかかげて労働組合員の投票をあつめ、進歩的な男女の票をあつめなければならなかったところにこそ、このたびの選挙の歴史的な意味があった。トルーマンの当選はまぐれあたりでも奇蹟でもない。当選しようとすれば、アメリカ人民の要求を理解し、それに応える決心をしなければならないということについて、トルーマンがデューイよりも分別をもっていたからであった。ことばをかえていえば、アメリカの分別ある人々が、自分たちの要求をはっきり示すことで、アメリカの民主政治に民主的な方向をあたえたといえるとおもう。下院でタフト・ハートレー法に賛成した七十名の議員が落選し、上院で八名ほどの議員がおなじ理由で落選したことが、NHKの放送でも語られた。
アメリカ本国の人口比率では婦人が四十六万人少い。労働人口の二八パーセントを婦人が占めて、五百種類以上の職業
前へ
次へ
全4ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング