は原子力よりももっと殺戮力のつよい放射線の雲をつくることが発明されたなどと、得意そうに報道しました。心あるアメリカの人々、平和を愛するアメリカの女性たちにとって、あんな記事は腹立たしいものだろうと信じます。愛する自分の国の科学力の発達が、人畜を殲滅する能力などという点でほこられるとしたら、それは、よろこびよりも苦痛と恥辱を感じさせるのが自然です。
 では、どうして、日本の新聞は、そういう誇るべからざる誇りを、毒々しく報道したりするのでしょうか。日本の若い女性が、心の目を見ひらいて理解しなければならないことがあります。それは、日本のなかには、決してファシズムと軍国主義の思想が根だやし[#「根だやし」に傍点]になっていないということです。
 ポツダム宣言を受諾した表面上、日本の民主化は、政府が世界に向って義務づけられた仕事です。けれども、みなさまは、どうお思いになりますか? 日本の権力者はしん[#「しん」に傍点]から民主的になろうと努力しておりますか。武装解除した日本として、最後の正義として絶対平和のまもりてとして立つ決心をしているとお思いになりますか? わたしは、これに対する答えを、みなさんの言葉として伺おうと思いません。ただ、どうぞ、あなたがたの若く感じやすい心が、それに対して何と感じているか、ということを、しんから考えて頂きとうございます。
 一部の人たちは、自分たちが、もう一遍うまいことのやり直し[#「うまいことのやり直し」に傍点]として希望する世界の悲劇は、そう簡単にひき起されるものではなく、人間はそれほど愚かではない、という事実を認めたくないようです。だから、戦争に関する非人道的な挑発は、日本の新聞にこんなにおくめん[#「おくめん」に傍点]なくのるのです。その一方、戦犯被告と捕虜に対する残虐行為の裁判は続行されています。この面こそ強調されるべきです。
 歴史はくりかえすものではありません。全く同一の現象が、同一の内容でくりかえされることは歴史上ないことです。まして、歴史は決してそのままのくりかえしでない、という事実をはっきり知り、あなたがたの愛人たちの頭の上にチョン髷はないのだという事実をしっかりつかんだとき、若い世代が歴史そのものを発展させてゆく能力は非常に大きく発揮されます。
 皆さまも御覧でしょうが三月二十五日の婦人民主新聞の論壇に「新帰朝者の言葉」という文章がありました。筆者の矢田喜美子という方は、どなたか存じませんけれども、この記事は、何となく私の心にのこりました。ヨーロッパから最近帰って来たある日本人が、今日の日本をみて、みんなの生活が無計画で、食えないといいながらたかいタバコをプカプカふかしている、政府はから約束をして、内閣がかわればそのまますっぽかしている。雑誌をひらけば現実生活と縁のない理屈をこねている。「現実から足の浮いた、頭でっかち[#「でっかち」に傍点]の日本人」というのが、その新帰朝者の感想だそうです。矢田喜美子さんはそれに同感していられます。
 けれどもね、みなさま。たとえば、あなたがたが、ことしの新卒業生として、無計画でしょうか。専門学校を出て、就職するとき、職場の選びかたをてあたり[#「てあたり」に傍点]ばったりした方があるでしょうか。実にきょうの若い真面目な女性は、精密なプランをもって、経済をやりくり、人生をくみたててゆく努力をしています。女学校を出て専門学校へ進もうという方々は、いわばまだ少女らしさの多い心の一方で、どんなに現実的に、学資のことを考えたでしょう。日本の中産階級は戦争によって、最も生活の安定を失いました。日本の女子教育はおくれているから、専門学校程度の勉強をするのは、これまでは中産階級の娘さんたちでした。本年ぐらいから、統計の上にもはっきり、専門学校を受験する女子学生の層がかわって、新円成金の娘さんがふえて来ています。普通の家庭の娘さんはアルバイトを考えずに、専門学校の生活を考えることは不可能になりました。アルバイトを二つもって医学の勉強をしているひとを知っております。彼女の二十四時間は何と計画的につかわれているでしょう。収入がどんなにこまかく割当計画されているでしょう。
 その新帰朝者という人は、こういう若い女性のいじらしい大努力に立つ計画性にはふれていない生活環境にいるのでしょう。彼の周囲には、ぐちをいいいいプカプカたかいタバコをすっている男たちがおり、彼のひらく雑誌は、抽象的論議だらけの旧型綜合雑誌なのでしょう。そして、最もおどろくべきことは、政治の面で、内閣のからやくそくとすっぽかしに対して、わたしたちの抗議がどんな形で示されているかまるで知らないことです。婦人労働者が平等の賃銀と母性保護を求め、女子学生が文部省のひどい月謝値上げに反対していて、男子学生とともに
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