そういう人間の物語こそは、私たちを励し、筆者への理解を正しくし、真に若い世代をゆたかにするものである。逸見氏はあれほどの汚辱に身を浸しながら、どうして今こそ、自身のその汚辱そのものをとおして、復讐しようと欲しないのだろう。悪逆な法律は、人間を生ける屍にするけれども、真実は遂に死せる者をしてさえも叫ばしめるという真理を何故示そうとしなかったのであろうか。肉体において殺されたものが、小林多喜二にしろ、野呂栄太郎にしろ、人類の発展史の裡に決して死することなく生存している。肉体においては生存していても、歴史の進む方向を判断する精神において既に死んでいる者が、死して死なざる生命に甦らされて今日物を云うという場合、死者に甦らされた生者として語るべき唯一のことは、真実あるのみである。信義ある言葉のみが語るべき言葉である。
戦時中、日本の青春は、根柢からふみにじられた。権力が行ったすべての悪業のうち最も若き人々に対してあやまるべき点は、若い人間の宝であるその人々の人間的真実を愚弄したことである。活々として初々しい理性の発芽を、いきなり霜枯れさせた点である。今日、聰明で、誠実な若い世代は、自身の世代が
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