りに髪を結わせて一番似合う紺の縞のお召をきせて車にのせて母は出してやった。

        (四)[#「(四)」は縦中横]

 三十分も車にゆられて向うへついた時上り口には男下駄がいっぱいならんで居た。広間の方からはかっちまりのない男特有の笑声がくずれる様に起って来る中に、叔母のビードロ玉の様にすき通る声がきわだってきこえた。茶の間から足音をきいて出てきたばあやは「マアようこそ」と云って顔を見た眼で一文字にうら袖の色までねめまわして、「皆さまお待ちかねでございますよ早くあちらへ、サア」と云う時には敷石にそろえた草履の縫模様を見て居た。千世子がまだ手袋をぬいで居るのにせきたてて広間につれて行った。障子を細くあけて叔母に何か云ってだまって千世子の背中を押してやりながら後からしめてソソクサとかわききった足音をたてて出て行った。うす紫の様な煙草のけむの中にいくつもいくつも瞳がこっちを見て居たけれ共、別に赤くなるほどのはずかしさも、うつむくほどの余裕のない態度もしなかった。
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「めいでございます、林町の、どうぞよろしく」
[#ここで字下げ終わり]
 チラッと千世子の方を見ながら叔母は皆に紹介した。叔母にしたよりも一寸ほど低く二ひざほどいざりでて笑いながらこんな時につりあったおじぎのし様をした。
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「そうですか、これは……」
「よく御噂をうけたまわって居ります」
「新花町の友人ともあれだそうですナ」
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 いくつもの声がこんな事を云った、そんなかで一つでも千世子が返事し様と思ったほどととのった言葉を云った人はなかった。千世子はまるで三十を越した人の様なゆとりのある様子で又心持で二十人ほど並んだ男を観察しはじめた。
 どの人もどの人もそれほかしらない五つほどの下すなしゃれをくり返しくり返して「オーヤオヤ」と思わせる人達ばかりの様に見えた。中ぶらりんのお医者様特有なフニャフニャな様子をどの人もどの人ももって、長いひげをピョンとはりがねの様にしたのと、短かくこの頃のはやりにきったのとあるかなしかの影の様なおもわせぶりなひげを一本ずつ並べてある人達などだった。わりに目はしがきいて居そうなかおをして居るくせに半間な人、やたらに通がる男、たえずあごをさすっては、「エヘヘヘ」と思い出し笑いをして居る人、着物の衿を人さし指と中指でしごいてキューキューと音をたてて下前を一寸ひっぱって袴のひもの結び目をポンと叩く事を目ざましい手ばやさでする男、どれもどれもこんな人のところへわざわざお嫁に行く人があるんだろうか? と思われる人達ばっかりだった。口元では笑いながらはぐきで「つン」とせせって叔母の横がおを見た。
 杯が廻ってからの男達の様子はよけいしだらのない愚かしいものに見えるばっかりだった。あっちこっちで「お嬢さん」とへべれけな声を出してよんだりした。中には「奥さんの御めいごさん」なんかとおどろいて頓死しそうな間ぬけな呼び方をする男さえあった。酔って手をふるわせながらまだあふれそうな杯をにぎって袴からひざにダラダラと斬りかけられた様に酒をこぼしてあわててふこうとする拍子にたもとの先をお碗の中に入れたりする男の様子を千世子は手伝ってふいてやろうともしないで眉をひそめて奥歯をがチがチ云わせてにらんで居た。(こんな人達の女房なんか年中おはしょりをずるっかずるっかして袖口の光った着物を着て、ひまさえあれば塩豌豆をかじりながら火鉢の灰にへのへのもへじをかく事ほかしらない方がいいんだ)こんな事を思って居た。畳にお酒のしみを三つも作って御飯がすんだ。
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「次の間で歌留多をしましょう」
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 叔母の発言で男達はヒョロヒョロした足どりでとなりの部屋に入った。千世子は柱によっかかって男の大きな毛むくじゃらな手が札をさぐるぶざまな形を見て居ると、叔母にすすめられて千世子も仲間入りする事になった。
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「しっかりやってくれ給え」
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 傍に座った生っ白い男は云ってしょうばいに似合わないきたない爪のある手で千世子の丸い肩を打とうとした、フッと躰をそらしたので他愛もない形に男はひじをついてしまった。
 千世子はかんしゃくを起した様に白い爪のやたらに小さい指さきを動かしてそこいら中をなぎたてた。赫色の毛むくじゃらの手が只わけもなくさわぎまわる中をルビーとダンラをうきぼりにした指輪のある手でスイスイと札をぬいて行く、おまけに手は白し爪は桜色になって居る。千世子は愚な民をその白い手で征服して居る女王の様な又いくじない動物達の群の中を胸をはって進む女獅子か女豹の様なかがやかしいおごった気持になった。
 男達が自分をふざけさせて見たくってしようが
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