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「大変ヒステリックになっていらっしゃる――」
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 こう云っただけであった。そうして千世子の前の椅子に腰を下して千世子の赤い輝いた瞳を見つめた。
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「私今ネ、フッとやたらに貴方が可哀そうになったんですの、そしたらすぐ涙が出ちゃったんですの、ただそれだけ……」
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 千世子は三つ子の様に声に出して泣きたいほどやたらむしょうにHが可哀そうになって来た。
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「ほんとうに貴方って方は可哀そうな方だ、だけど今にいい事のある時が来るでしょうネエ」
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 まるで年をとったクリスチャンの様な声で千世子は云った。
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「可哀そうに思って下さる? ほんとうに……そんならもうあけっぱなしに私にして下さいナ」
「いいえ私達はネエ、この位の仲のよさで居るのが一番いいんだと私は思ってるんですもの。私達が仲がわるくなっても悲しゅうござんすし、あんまり仲がよくなりすぎてもそのおしまいに悪い事がありそうですもの……悲しい事があった時はお互になぐさめ合って年取るまで御友達で居る方がいいんです。あんまり仲がよくなるときっと二人ともいやいやながらしなくっちゃあならない事や、しなくっちゃあならない気持をもたなくっちゃあなりませんもん……」
「貴方、思ってる事と云ってる事が矛盾して居るじゃあありませんか、貴方はきっと私と同じ様に出来るだけ仲よしになっちまおうと思って居ながら――」
「そりゃあそう思ってるかも知れませんワ、でも私は自分のすきな人自分の仲よしを自分のために悲しい思いやつらい思いをさせるのはいやなんです」
「きっと悪い事が起るときまってますまい」
「大抵はきまってます、私はジーッとして居る事の出来ない我ままなその時々の気持を可愛がる女ですもん、一緒にならなくっちゃあならないために自分の感情を押えつけたりつくろったりする事は出来ない人なんですもん……」
「貴方死ぬまで一人で居ますか?」
「今だって私一人じゃあありませんワ、私の家の囲り体の囲りにはいっぱい目に見えない。そいで力強いものが集って居ますもの、私はそれを信じてそれと話し合いながら六十年なり五十年なりの一生を終る事が出来ます、そいでそれが一番私の幸福な事ですもの。
 それで私は満足して居ますワ」
「ネエ、千世ちゃん私はもうさらけ出して云います、どうぞねえ怒らずにきいて下さい。私はねえ貴方が大変すきなんです、そいで又私のすきがる事を皆貴方はもってらっしゃる、そう思ってるんですよ、私は一生はなれないで居られる様になりたいと……
 それを御願いしようたって貴方はいやがっていらっしゃる」
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 Hは赤い顔になって云った。
 だまってきいて居た千世子は又新しい涙が湧いて来る様になった。
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「何故貴方そう思っていらっしゃる、私をまだすっかり知らないからそう思えていらっしゃるんでしょう、貴方もっと私の悪いところも知らなくっちゃあいけませんワ。
 私はきっと御断りするにきまってます、でも私は貴方がすきですワ、私は貴方がすきだからそう云うんです」
「じゃあ私達はどうしても死ぬまで御友達で居なくっちゃあならないんですか、私は……」
「私は貴方の御友達としてならいい女かも知れないけれ共それ以上のものになる様には生れついて居ませんもの――その方が幸福です――」
「でも私達ははなれちゃう事は出来ませんねえ」
「ええそれはきっと出来ません、そうしたら私は悲しがるでしょう……」
「そんなら私は今のまんまに満足して居なくっちゃあいけないんですか」
「お互にその方がようござんすワ」
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 そう云った時Hも千世子も涙ぐんで居た。
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「どうしてこの人は私をこんなによくばかり見て居るんだろう。
 私とあんまり仲よしになれば自分が不幸になるって云う事も忘れて居るんだもの――信夫も源さんも――ああ、ああ、私はもういやになってしまう」
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 千世子はそう思って居る。
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「この千世ちゃんて人はどうしてこんななんだろう、若い女の様じゃあなく何か考えて居る様に――感情的な女でありながら――私はだまってこの人のもしかひょっとして心のかわって呉れるのを待って居るほかない」
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 Hは落ちそうになって来る涙をのみこんで考え沈んだ様な又ジーッと自分の心を押えつける様にして居る千世子の上目をして居る顔を見た。Hは頭がクラクラして来た。
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「千世子さん、あんたは――」
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 Hは机の上につっぷしてしまった。千世子は上を見て居た瞳を下
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