味のある様な様子をして居るのが源さんに気に入らなかった。
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「何故そんな風にして歩くのみっともないじゃないの?」
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 源さんはいまいましいと云う様に云った。
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「こうやって歩きたいから……ただそれ丈よ、――たまにこんな所に来た時は自由なあけっぱなしの気持で居るんが好いんですワ」
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 源さんに返事をしながらHを見て心は囲りの景色にうばわれて居た。一足早めて源さんは二人の先に立った。
 そして二人のする話をもれなく聞こう聞こうとしながら又今日ばかり馬鹿に意地の悪い千世子にそのけぶりをさぐられまいさぐられまいとあせるととのわない身ぶりに却って心持を見すかされて居た。
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「ネエHさん、人間なんて妙な感情をもつ動物じゃありませんか。その人達の思ってもしない事を自分一人で思ってる様に考えたり、それであくせくしたり気をもんだりネ、でもそんな事は女が多いでしょうネエ、男でもありましょうか」
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 千世子は斯う云いながらHのせなかについて居た葉を小指でつっつきおとした。
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「そりゃあ人間なら男にだって女にだって有る事でさあネ、それに又、世の中が段々複雑になって行くとある程度までそれも必要になって来るんだからしようがありませんネ」
「いやな事ですわネエ、私なんか自分ではキットそんな心をもってないと思ってます、だから私はやきもちやきじゃあありませんわ」
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 千世子は源さんに見せつけてやりたい様なHが何とか思わせぶりな事でも云えばいいになんかとさえ思って居た。丸木橋の杉の森の遠くに見える川の上に立った時千世子は夢を見る様な目つきをして、「マア……」と云ったっきり今にもそこに座りそうな様子をした。何とも云えない快活な自然の景色は見て居ると段々体がとけ込みそうになるほど広く広く遠く遠く少し水蒸気のあるうす青い空には美くしいまぼろしと自然の音律を作ってする呼吸とがみちて居た。遠くに見える杉森は頭の下るほどに尊げに足元の水はかすかな白い泡沫と小さい木の葉をのせて岸の小石にささやきながらその面には一ぱいの微笑をたたえて歩いて行く。
 あまり美くしい景色に会うとほんの二三秒は気が遠くなる様に目にも心にも何にもうつらないまっ
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