思ってあげろのと書いてある、ほんのちょっぴり安心して又始めっからくりかえす、それですっかり安心して巻きながら「あれが知ったら何か云うだろうが……何云ったってかまわないサ、親の権利で監督のために見たんだと云えばすむ事だ」と思う。
三枚ほど紙のまくれたのを知らないでそこにはさんでもとのところに置いて一寸指で表紙を叩いてそそくさと出て箪笥の前に座って「もうじきにかえるだろうが……」と思って時計を見る。
こんな事がはっきりと目の前にうかんだ。
手袋のフックをはずしながら、
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「阿母さん只今、私居ない間に何か変った事がありましたか?」
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母親の前にぴったり座って千世子は人の悪い笑い様をした。
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「寒かったろうネ、変った事って何もないにきまってるじゃないか? 一寸の間だもの――」
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母さんは一寸ゆるめた口元をたてなおして、
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「知ってるナ」
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と思った。
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「あのネエ阿母さんフフフ」
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千世子の心には母親の思って居る事感じて居る事が鏡にうつすよりもはっきり種々《イロイロ》な色や光りをもってうつって居た。身動きもしないでピクピク動く眉や笑いそこねた様な唇を見て居た、すまない事だけれ共千世子の心の中にはかるいくすぐったい様な気持と又、自分をこれほど案じて居て呉れるのを知った感謝の心等がまぜこぜになってわき上って居た。
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「阿母さん安心してらっしゃい大丈夫ですよ、そんな事は!」
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千世子は笑いながら云った。
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「アアまあとにかく着物御きかえよ炬燵にかけて置く様に云ったからしてあるだろう?」
「エエ、じゃきかえましょう。もう今日はどっからも電話なんかかけてよこさないでしょうネ、来たってことわるんだからかまわないけど……」
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千世子が独りごと云う間に母親はせっせと裏衿をつけて居た。フックリとあったかい着物を着て部屋にとじこもってかって来た本を赤い線を引き引き読んで行った。
夕方飯田町の叔母のところから電話で、今夜病院の人達をよぶから手伝うつもりで来てくれと云ってよこした。気のすすまない千世子に無理や
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