女中の持って来たチョコレートと紅茶を千世子は立って自分で配りながら、
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おきらいじゃあないでしょう?
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笑いながらクリクリに刈った肇の頭の地の白く見えるのを上から見ながら云った。
「この人はねえ、チョコレートのそこぬけなんですよ。
先にねえ、『海の夫人』だか何だったかの時に喰べたのたべないのって――
そのあげくが喉はいらいらする夜は眠られないって夜中の二時頃わざわざ手紙なんか書いて私の所へよこしたんですよ。」
篤はいつもになくこんな事を云った。
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「そんなに云うもんじゃあないよ。
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少し上っかわのかすれた様な細い丸い声であった。
笑う時少しのぞいた歯は寒くなるほど白い。
そして大変小粒にそろって居た。
京子は「云いたい事も云えないから」と云う様な顔をして、
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私ももう帰らなけりゃあ、
本石町の伯父が来て居るんですから。
また上ります、失礼致しました。
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千世子の何とも云いもしないうちに暗誦する様にスラスラっとのべて出て行きそうにした。
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一寸御免なさい。
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あわただしく千世子は立ちあがって京子の後をついて入口に行った。
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またいらっしゃい、
あしたでもね!
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京子の衿をなおしてやりながら云った。
外へ出て一寸空を見て、
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上りましたよすっかり。
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京子は透る声で云ったまんまカタカタと敷石を丹念に踏む音がかなり長い間響いて居た。
書斎に入った時二人は何か低く話して笑って居た。
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ねえ私今もそう思ったんですよ
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〔以下、原稿用紙一枚分欠〕
色が眼についた。
そんなに大きくない眼が神経的な色で云えば青味を帯びて輝いて居るのも見た。
そして少しうつむき勝にして上眼で人を見て話すくせのあるのをも知った。
肇は見るともなしに千世子の眼のあたりを見つめて居た。
篤の方を向いてしきりに何か話した。千世子はチラッと肇の方を見て、
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墨がついてますか?
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と云って笑っ
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