にか計算してもらっていた。「お前さんは、いままでに二十二ルーブリ五十カペイキしか受けとっていないことになるね」「ええ」――「あまりがいくらあることになる?」女は二十六ルーブリ近くだと答えた。――「よく見といで、二十五ルーブリと五十カペイキだよ」好奇心と不安とをもってナースチャはその問答をきいた。
「デリ」と赤地に金文字つきの平ったい箱から巻タバコを出し、吸いつけながら、紺と黄色のネクタイの女が云った。
「さて、と……お前さんどこで働いている?」
「アンナ・リヴォーヴナのところです」
「番地は」
ナースチャのそばかすのある顔がだんだんひどく赤くなった。
「知りません」
「じゃいい。いままでいっぺんも、どこでも組合員だったことはない?」
「いいえ」
「そのアンナ・なんとかさんの家へ来るまで勤めていたかい」
「いいえ、はじめてです」
「いく日もう勤めた?」
「去年の八月からです」
「八、九、十、十一、十二、一、二――と。月給はいくら」
「十三ルーブリ」
ナースチャは正直に金額を答えてから、心配になって女の顔をじっと見た。女はしかしあたり前な顔で、机の引出しから二枚、大きい紙を出した。
「さ、これを持って帰ってすっかり書きこんでもらっといで」
ナースチャは、きき間違え、また赤くなった。
「わたし、書けません」
「お前さんは主人じゃないだろう」
タバコの煙をふっと口のすみからふきながら、陽気に云って、笑った。
「ごらん、すっかりこの項目に、主人の名、職業、お前さんの名、パスポルトの番号、月給、働く条件、休日まで書きこんでもらって、それから組合に入るんだ、わかったろう?」
「ありがとう」
「主人が書いてくれたら、住宅管理人に裏書きしてもらって、またここへおいで」
ナースチャが、紙を手にもって立ちかけた時、女がきいた。
「クラブへ行ったのかい、お前さん」
「いいえ」
「誰にこのメストコムをきいた?」
「リザ・セミョンノヴナが教えました」
椅子の背にタバコを持った手を廻してかけ、女は立っているナースチャを見上げた。
「誰だい……それは」
「家にいる|お嬢さん《バーリシュニャー》です」
「ふむ……よしよし」
「さよなら」
女はうなずいて、こむら[#「こむら」に傍点]で椅子を押しながら自分の場所から立ち上った。
凍って白い並木道《ブリワール》では大勢の子供がスキーで遊んでいる。母親や子守のいるベンチの前を中国の女が、ゴムでつるした色つき毬《まり》を売って歩いた。雪の長い並木道を纏足《てんそく》で中国の女は黒く、よちよち動いた。並木道の外れの電車路に、婆さんと男の子供がいた。転轍手と遊んでいた。
「おくれよ《ダワイ》。おじいちゃん《デードシュカ》」
転轍に使う金棒を男の子はほしがった。白い髯で山羊なめし外套の転轍手は笑いながら、金棒をうしろにかくした。
「いけないよ《ニエ・ナード》、いけないよ《ニエ・ナード》、おくれよ《ダワイ》」
「ワロージャ!」
婆さんが叱った。転轍手は男の子に金棒を渡した。男の子はたちまちその金棒にまたがって、雪の上を駈け、あっちへ行った。転轍手は子供の方と、かなたの電車線路の上とをかわるがわる眺めた。電車が見えはじめた。転轍手はいそいで子供のところへ走って行った。
ナースチャは自分の村にあった鉄橋の景色を思い出した。鉄橋の両端には見張所があった。銃を肩から逆さにつった平服の番人が橋桁にならべた板の上をいつもぶらぶら歩いていた。ナースチャの死んだ親父も赤いルバシカを着て番人したことがある。鉄橋から見下す河水のひろやかな大きさ……。汽車が通る時は鉄橋じゅうがふるえた。
欄干《らんかん》にしがみついて、顔にかかるあつい息や、頭がしびれそうに轟然とたくさんの輪が重って目の前をころがり通るのを見送ってしまうと、子供らは一せいに橋桁の上へ躍り出して、手をたたき笑った。ナースチャもほかの子供も裸足《はだし》であった。鉄橋のかなたは原で、村の共同物干場があった。いろんな色のぼろ[#「ぼろ」に傍点]が、原のおっぴらいたなかに見えた。
メストコムからもらって来た紙をもって、ナースチャは食堂へ入って行った。夕食後であった。パーヴェル・パヴロヴィッチがシャツだけで長椅子の上に長くなって、パイプをふかしている。アンナ・リヴォーヴナは第二回|工業化《インダスリザーチア》株券のことを話していた。
「なんだい、ナースチャ」
ナースチャはアンナ・リヴォーヴナが肱をついているテーブルのそばに立った。
「これに書きこんでいただきたいんです」
アンナ・リヴォーヴナは自分の腕越しにナースチャの差し出している紙を見下し、けげんそうにのっそり二つの肱をテーブルからおろした。
「……なんなのさ、一たい」
「わたし、組合《ソユーズ》に入りた
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