これが新しい労働者住宅ですが……一つ内を見せて貰いましょう」
と云った。戸を開けたのは年をとった、韃靼人であった。自分たちを見て何か叫んで、歓迎するように腰を幾度もかがめた。人種にかかわらず、それぞれの油田で最も長く労働に従事していたもの、住居の条件の悪いものから先に、この新労働者住宅へ移された。
「しかし、もちろんまだまだ住宅は不足です。今年のうちにもう二百戸ばかり建つことになってはいますが……」
階下は明るいゆったりした二室に台所。二階は小ぶりな部屋が二つ。こちらにはヨーロッパ風の寝台や椅子。書もの卓子などがあるが、下は、韃靼風によく磨いた床に色彩の濃い敷物と沢山のクッションが置いてある。
韃靼の年よりは別に説明もせず、ただ先に立って戸という戸を勢よくあけ、次から次へ内を見せるのである。戸をあけ、自分はこっちに立って手でサアという仕方を我々に向ってするとき、その身のこなしに、言葉に出しては語られないが胸にみつる年よりの歓ばしさがこもっている。その感情が段々映って、私も静かにつよい感動を今日彼等のところにある生活について覚えるのであった。一九〇三年頃、このバクーの油田で労働者長屋
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