一軒のホテルへ着いて顔を洗い、町へブラブラ出て見ると、チフリスもそうであったがここもまだ夏の夜である。白いルバーシカ姿の人だかりがある店先へ行って見ると、|玉ころがし《ルーレトカ》に似た遊びをやっている。ただ遊んでいるのではなく確かにこの町では公然と許されている賭け事で、台を囲んでぎっしり坐っている男女の顔は緊張し、ごみっぽい汗ばんだ色をしている。街路は一体に薄暗く、パッと歩道へ光を流して人のかたまっているところはそういう光景なので、モスクワのような都会から来た自分は、妙な気がした。それぞれの共和国の内政は或る程度まで自主的に行われているのであった。
 傍の小さい新聞屋台で、『レーニンの孫』というこの地方のピオニェール新聞を買い、ソヴェト同盟の広さというようなことを強く感じながらホテルの玄関を入り、右手の広間へ通った。瓦斯《ガス》燈の水っぽい光が、ゴムのような滑らかな大きい葉の植木を照している。その陰から立って挨拶したのは、その頃ピリニャークにくっついて歩いていた作家リージンとその妻であった。若い詩人夫妻の伴れがある。正直に云うと、自分はこの高いダブル・カラーをつけ、桃色の頬ぺたをして外国商館の番頭に似た作家を余りすいているとは云えないのである。
 ところが、このリージン氏が明朝自分たちもグルジンスカヤ山道をチフリスへ行くから一つ仲間にならないかと申し出た。自動車の坐席の都合からである。こちらも女二人きりよりはその方がよい。そう思い、承諾して、朝になった。
 自動車へ乗込むという段になって、悶着が生じた。リージンは前夜六人乗の自動車を註文したのに、髭の濃いコーカサス男の運転して来た車は四人乗ともう一つは二人乗で、計らず四人組、二人組と別れ別れにならなければならなくなったのである。
 リージンの大柄な口紅を濃くつけた細君は、いかにも夫の手抜かりを攻める面持で、自分たちのいる横で二人だけあっちへのせろ、と云っている。リージンは自分から誘って坐席の割前を助かろうとした手前、ではあっちへ二人でとは云いかね、「そんなことは出来ない、女じゃないか」とこれも小声に力をこめて云い諍っている。
 到頭詩人夫妻が小型に納まり、こちらは四人で動き出した。
 チフリスのホテルも同じであったが、始めそういうことで心意気が見えすき、それに連関して細々と不快なことがあった。順に行くとクリミヤ
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