は起訴猶予とした。そして、忙しくて乏しい歳末の喧騒にまぎれて、この事件は忘れられ、今日、私たちは、その事件のおこった当日と大して変りない暴力的交通状態の下に暮しているのである。
新聞記事の出た前後、検事局の態度にあきたりない投書が、どっさりあった。この一事件は、猶予という形で落着したのであったが、考慮ある人々は、この一事件が暗示しているところが、どんなに深刻であるか、今日なおしばしば思いめぐらしているであろうと思う。
全く不幸な災難としかいいようのないこの事件が、先ず法律的処罰の対象となり得るということに一驚したのは、私だけではなかったろう。検事という職務の官吏が、みんな自家用自動車で通勤してはいない。弁当の足りないことを心のうちに歎じつつ、彼等も人の子らしく、おそろしい電車にもまれて、出勤し、帰宅していると思う。官吏の経済事情は、旧市内のやけのこったところに邸宅をもつことは許さないから、多数の人々は、会社線をも利用して、遙々とたつきのためにいそしんでいるであろう。良人であり父親であるこれらの官吏たちが、わが妻、わが子をつれてたまの休日にいざ団欒的外出と思うとき、第一、そのつつまし
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